人間の天敵 ディーン・R・クーンツ『ファントム』

 発見される死因不明の遺体と、住民の消失。スキー場を観光資源として発展した山間の田舎町、スノーフィールド。その唯一の生存者となった二人の姉妹は、ゴーストタウンと化した街を彷徨う。一体この惨劇の原因は何か。消えた住民はどこへ行ったのか。やがて姉妹の救助に赴いた保安官達をも巻き込む形で再び惨劇の幕が開く。敵は何者なのか。そして書き残された『太古からの敵』という言葉の意味するものは?

 というわけで、クーンツの『ファントム』読了。
 ホラーとしては非常にオーソドックスなつくりだと思う。原因不明の連続殺人は誰によって引き起こされたか。不可解な死因。失踪した住民の行方等の謎を次々と提示し、読者をぐいぐい引っ張る序盤の展開は流石だ。
 やがてその謎が徐々に解かれ、事件の全容が明らかになり、それを引き起こした『敵』との対峙が描かれる後半は、読者にしっかりとカタルシスを与えてくれるもので、安定感がある。ただこういう謎解きものの肝は、やはり種明かしがされる前にどれだけ読者を作品に引き込めるかにある。更に言えば、敵の正体が不明である方が、より恐怖は増すだろうと思う。

 だから本作に登場する『敵』の正体をここで明かす事はしないけれど、その人間の天敵とも言うべき存在を育てる土壌として、人の悪意があったのだろうとする展開には賛同する。それは人間の天敵もまた人間であるという事でもあるし、何より各々の頭の中で飼われている怪物の醜悪さや残虐性こそが恐怖の対象なのだという事でもある。

 もちろん全ての人間が悪の本性を隠し持っているのだとは言わないが、逆に無垢な善意だけを持って生きている人間がいるのかとなると、その確率は限りなくゼロに近い。多かれ少なかれ人間の心の中には悪があり、常に理性や道徳といった檻の外に出る機会を窺っているのだろう。まあこれは自分も含めての話だが。

 もし仮に、人間の心の中に悪意の欠片も無く、全てが調和の中にある世界が実現していたとしたら、恐らくファントムの様な事態にはならなかったのだろう。つまるところ人間を害するのは人間の悪意であり、人間を恐れさせるものはいつだって自らの心中にある醜悪さの戯画なのだ。人間は未知のものを恐れるが、実はそのものについて何よりもよく知っているのもまた人間で、自分達は必死にその事に気付かないふりをする。こんなものは人間の、そして自分の本性ではないと。
 ただどんなに否定しようともその悪徳は常に人と共にあって、離れる事はない。それこそ影の様に、幽霊の様に。

 人間の天敵は人間でしかあり得ない。その内側に抱え込まれた悪意が絶えない限り、恐怖の源泉もまた枯れる事は無いのだろう。

 

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ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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