フリーライターという傲慢・増田美智子『○○君を殺して何になる-光市母子殺害事件の陥穽-』

 かんせい【陥穽】
 (1)おとしあな。わな。
 (2)人をおとしいれること。また、そのための計略。

 この本が言う陥穽とはどちらの意味なのだろうな、そして、何に対して、誰に対して言っているのだろうなと思う。
 まあ、それはさておき、被告の実名報道について問題視された本でもあるので、タイトルに冠された被告の苗字については一応伏せる。しかし、ネットで検索すればいくらでも確認する事が可能だし、自分も特別な方法ではなく、普通に書店で見かけてこの本を買った訳だから、被告の実名等というものは既に誰でも知り得る情報だと言えばその通りだ。

 元々、買うつもりのなかった本ではある。著者の増田氏についても出版社についても様々な風評があり、事前にそれを知ってしまっていたので、仮に読んだとしても先入観のある感想になりそうな気がしていたからだ。それでも書店でこの本を手に取ったのは、被告の実名に対する興味というよりも、被告の様な人間が生まれてしまうその背景を少しでも知りたいという欲求があったからだ。その動機自体は増田氏とも重なる。
 しかし本著の内容はその欲求に対する回答以前の問題だった。自分が本作から感じたのは、報道、取材のあり方に対する懐疑と、自称フリーライターの傲慢だった。

 ただ自らの『知りたい』という欲求を満たす為だけに、配慮を欠いた強引な取材をする人物をジャーナリストとは呼ばない様に、報道・出版に携わる人間には一定の規範があってしかるべきだと思う。しかし、著者の増田氏がそうである様に、フリージャーナリスト、或いはフリーライターという人間はただ「私はフリージャーナリスト(ライター)だ」と名乗るだけでその資格を得たかの様に錯覚しているのではないか。

 例えば増田氏は被告の父親が再婚相手と住む家を訪れた際、留守番をしていた被告の9歳の弟に、被告の写真を見せてくれる様に頼む。当然アポは無いし、保護者の許可も無い。
 被告の実母は事件以前に自殺によって他界しており、この9歳の弟は再婚相手との間に出来た子供だ。被告にはもう一人実母が生んだ2歳下の弟がいるのだが、9歳の弟は被告が兄であるという事実を知らされておらず、自分の兄は被告の実弟一人だけだと思っていた。そこで増田氏が『お兄ちゃん、2人いるよね?』と不用意な発言をした為に、彼は困惑する。増田氏はまさか被告が兄である事をこの弟が知らされていないとは思わず、『内心焦りながら、慌てて話をそらし』たとしているが、それで誤魔化せるものだろうか。

 また増田氏は法務局でこの家の登記簿謄本を参照し、事件前の借金によって抵当権が付けられ、その後担保不動産競売開始決定がなされた事実を知るのだが、それを調べた事を被告の父親に告げる事も無く、また許可も得ずに、面会した被告に告げてしまう。つまり『自宅は差し押さえられていると思う』という様な事を言ってしまう。それは取材と何ら関係が無い。
 そして、上記の様な事実を父親から非難されるや反感を抱く。『なんでそういうことを、おたくがうちの息子に言わにゃいかんのですか』との批判には『いや、べつに』としか答えられず、『それは、(登記簿謄本は)誰でも見れるので』『訴えるなら訴えるで、それはご自由になさればいいと思いますけど』と開き直る。

 他にも増田氏は取材の過程で多くの問題を起こしながら、しかもそれを収拾せずに投げ出す。取材に応じなくなった父親は以後のページには登場しないし、被告の文通相手に対して傷付ける様な内容の質問をぶつけてしまった件についても、『今では反省している』としながら収拾はしない。

 これを取材と言うのならば、素人にも出来るのではないか。自分は被告の事を知りたいと考えてこの本を手に取った。しかし、知りたいという欲求だけで取材をし、問題を起こしても責任は取らず、その上「なぜ取材拒否をするのか」とでも言いたげな態度を取る事が許されるのであれば、明日から誰もがフリーライターを名乗って自ら取材する事が出来るだろう。しかし、自分はそれを真っ当な取材とは認めたくない。

 結論から言えば、この本は人に薦められるものではないなと思う。ただ、自分が買って読んだ以上、そこで感じた事は問題点も含めて記しておくべきだと思ったのでこの記事を書いた。
 唯一この本に価値があるとすれば、それは多くの人が得る事の出来ない被告との面会の機会を無駄にせず、被告の生に近い声を収拾して自分達に届けたという事だろう。それすらも無かったなら、本当に報われない。

テーマ : 書評
ジャンル : 本・雑誌

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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