長い長い道程の途上で・上遠野浩平『ヴァルプルギスの後悔 Fire4.』

 前回の更新でこんな事を書いたけれど、自分がどんなに世の中から目を逸らし、耳を塞ぎ、口を噤んで生きようとしても、社会や世界が自分を放っておいてくれる訳ではない。そして自分がどんなに抵抗しても時間は過ぎて行く。2011年も今日で終わるが、個人的にはまだその事を認められない様な違和感を抱えている。

 今年は震災があり、原発事故があった。そこからの復興がまだ途上である中で、一年の区切りを迎えてしまう事に対する違和感。「まだ終わっていない」という気持ち、或いは苛立ちがある。今まで生きて来て、こんな気持ちで年を越す事は無かった。今年はそれだけ特別な年だったという事なのだろう。だから例年通り一年を総括して来年の目標を考えたりする余裕は、今はない。自分にとっては全てがまだ途上のまま、気持ちの整理も付かないままで、今年は終わろうとしている。正直、気が晴れない。

 そしてこんな時に自分が振り返るのは、やはり上遠野浩平氏の作品なのだろう。霧間凪を巡る物語もここで一つの区切りを迎える事になるが、それもまた後述する様に、彼女にとっては大きな区切りでも何でもなく、単に彼女が生き、歩いて行く『途上』の出来事なのかもしれない。

 自分達は誰もが希望や目標を持って生きている――なんて言うと「そんなものはない。自分はもう世の中にも自分自身に何も期待していない」なんて救いがない事を言い出すひねくれ者もいるだろう。具体的には自分とか。しかし、そんな自分でも、心のどこかにはまだ『こうありたい自分』や『憧れ』といった、容易に捨て去る事が出来ない希望の残滓みたいなものを抱えている。もう叶わないであろう夢や、届かなかった理想像。それらは時に重荷で、捨ててしまいたくもなるのだけれど、でもそれを本当に捨て去ってしまう事は多分誰にも出来ない。それらはもう今の自分を形作る要素の一つとして自分自身と強固に結び付いてしまっているからだ。

 理想や希望というものが人生の到達点の一つであり、目標であるとするなら、多くの人間はそこに辿り着く事なく死ぬのだろう。主に自分の至らなさによって。或いは震災の様に個人の力ではどうにもならない外的な要因によって。また或いは他者との競争に敗れる事によって。こう書くとまた「勝ち組」「負け組」の様な話かと思われるだろうし、事実その通りだが、一方で自分はこうも思うのだ。自分の理想像を一度たりとも思い描いた事が無い人間というのは多分いない筈だが、どんなに社会的成功を収めた人であってもそれを完全に叶える事が出来た者もまた一人もいないだろうと。人間の理想や欲望には果てがない、なんていう話をしたい訳ではなく、単純に人は他の誰かになる事は出来ないからだ。

 例えば小さい頃から野球が好きで、イチローの様なプロ野球選手になりたいと願っている少年がいたとして、彼が競争に打ち勝って夢を叶えたとしても、彼はイチローにはなれない。「イチローの様に成功した選手」として世の中の誰もが認める様な高みに上り詰めたとしても、彼は彼であってイチローではないからだ。どんなに憧れても、羨んでも、恋焦がれても、人は他人が立っているのと全く同じ場所に立つ事は出来ないし、他人と同じ景色を見る事は出来ない。「そんな事は当たり前だ」と言われるだろうが、だからこそ自分は思うのだ。きっとそうやって他者から目標にされる立場となったイチローにだって彼なりの目標や理想像があり、彼もまたそこに至る途上の人生をこれからも懸命に生き続けて行くのだろうと。

 自分達の人生は途上だ。誰であっても。

 偉人であっても、凡人であってもそれは変わらない。
 生き続け、歩き続けてどこまで行けるのか。目標としていた様な場所に辿り着く事が出来るのか。或いは辿り着けないまでも近付く事が出来るのか。そして最後を迎える時に自分自身が納得出来るのだろうか。それは誰にも分からないが、今の自分に言える事がもしあるとするのならば、それは「諦めるな」とか「理想を高く持て」とか「希望を捨てるな」とかいう偉そうな言葉ではなく、誰であれ途上であるその人生を、お互い何とか生きて行くしかないんじゃないか、という意味での弱々しい意思表示でしかない。それは自分と同じ様に道を歩いている人にふと会釈する様な、或いは片手を挙げてみせる様なもので、意味なんかない。ただ、お互いまだ何とか歩いているよな、という事を確認するだけの行為だ。どんな言葉をかければ良いか分からない者同士が、その長い長い道の途上で、何とか今を生きているという事を確認する為に。

 今年が終わる。一つの区切りがやってくる。それでも自分は、或いは自分達は、答えも持たずに長い道程を歩き続ける。今日も明日も。その事に少しでも救いがある様に、霧間凪の言葉を引用しよう。

“「知らねーよ、んなこたあ。つまんねーこと気にしてるから、もっとどん詰まりになるんだよ。大したことねーんだよ、生きるってことは」”

 そう思えるだけの何かを、まだ自分は持ち合わせていないけれど。

 (で、お前自身は来年どっちに向かって歩いて行くつもりだよ?)
 (こればっかりは“まあいいじゃん”で済ませる訳にも行かんよなーやっぱ……)

  BGM“Wannabies”by ELLEGARDEN

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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