恋は美しく、尊い。嘘だけど。・入間人間『昨日は彼女も恋してた』『明日も彼女は恋をする』
そういえば感想を書いていなかった。上下巻構成で刊行された入間人間版『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とでも言うべき本作。上巻にあたる『昨日は彼女も恋してた』の帯には“時を超えて描かれる青春ラブストーリー”と書いてある。読み始める前は「まあそう書いてあるのならそうなんだろう」と思っていたが、全て読み終えた今はどうかというと、その後に『嘘だけど』という例の台詞が隠されていた様な気がしてならない。
恋愛を美しいとか素晴らしいとか言って賛美する作品が数多い中で、「でも結局恋愛ってある意味ではエゴだよな」という様な至極当然の事実もまたこの世には存在する。こんな事を書くと「また非モテが何か戯言を言い始めたぞ」と思われるだろうし事実その通りだが、それでも言わせてもらうならば、恋愛の持っている『怖さ』に目を向けた時に本作の様な作品が生まれるのではないかと思うのだ。そういう『毒』が本作にはある。
大切なものを決めるという事は、その大切なものを守る為にそれ以外のものを犠牲に出来る様になるという事だ。恋をして、大切な人を決めるという事は、それ以外の人間を切り捨てられる様になるという事だ。実際にそうするかどうかは個人の判断だとしても。
とある事情で、小さな離島に住む『僕』はいつからか不仲になってしまった車椅子に乗る少女・マチと共にタイムマシンで過去へと旅する事になる。そこで自分の足で元気に走り回る過去のマチを見た『僕』は、後悔していた「ある事」をやり直せないかと思う様になる。
タイムマシンやそれに類する特殊能力で時間を遡り、過去を改変する。そんなテーマの作品は数多くある。過去に戻って後悔を消せたら。守れなかったものを、守れなかった人を助ける事が出来たら。現実には不可能だとわかっていても、人間はそう空想する事をやめる事が出来ないのかもしれない。まして大切な人を得て、その人の為なら何でも出来る、どんなものでも、自分自身でさえも犠牲にできると思ったとするならなおさらだ。3.11後の今なら、多くの人がその事を実感として理解できる筈だと思う。『あの日』をやり直せたら、と。
もちろん、自分の都合で過去を変えれば他人にも影響があるだろう。その多くは不利益かもしれない。でも、その可能性を知りつつもなお自分にとって大切な人の為に『必要な犠牲』として他人の不利益を踏み越えて行けるだけの動機。それが恐らくは恋や愛というものの実体なのかもしれない。それは怖い事だと思うけれど。
全ては大切な人の為に。本作を読むと、自分もそこまで思い詰められる様な恋愛がしてみたいなと思わないでもない。嘘だけど。