物語の魂が宿るもの・紅玉いづき『サエズリ図書館のワルツさん1』

 

 なぜ、本なのだろう。

 自分もこれまで沢山の本を読んで来たけれど、そんな自分でも時々不思議になる事がある。それは「自分がここまで本というものに執着するのは何故なのか」という事だ。

 実は東日本大震災の時に本棚が壊れてしまって、そこに収められていた本が雪崩を打って床に落ち、足の踏み場がない状態になってしまった。自分と同じ様な体験をした方も多かっただろうと思うけれど、それを片付けている時に、もういっそこれから先は紙媒体の本を買うのは控えて、電子書籍をメインにしようかと一度は考えた。本は重いしかさばる。自分の場合、買った本を手放す速度よりも買う速度の方が圧倒的に早いので、部屋は既に本で溢れている。その点、電子書籍ならばいくら買ってもそれはデータとして保存されている訳だから、場所を取る事も無いし、外出先に電子書籍用の端末を持って行けば、それこそ本棚をまるごと持ち歩く感覚で、どこでも好きな小説や漫画を読む事が出来るだろう。それは本読みにとってはある種夢の様な話だ。SF好きとしても電子書籍は何だか未来っぽくて、一度は触れてみたいと思っていた事も理由の一つとしてあった。

 で、家電量販店を何箇所かまわって、電子書籍を読む事が出来る端末をあれこれ触ってみたのだけれど……結果として、端末で電子書籍を読むというスタイルは自分には合わなかった様に思う。何故か、紙の本を読む時の様にすんなりと物語の中に入って行けず、自分と物語との間に何か透明な膜が挟まった様な違和感が拭えない。何だか急に自分が根っからのアナログ人間だという事を思い知らされた様で個人的にショックだったのだけれど、それはそれとして、自分はやはり『本』が好きなのだなという事を再確認した出来事でもあった。手に取った時の重み。紙の手触り。ページをめくる時の感覚。そういったものも含めて、自分は本が好きなのであり、読書が好きなのだろうと思う。

 さて、本作『サエズリ図書館のワルツさん』は、紙媒体の本が希少なものとなってしまった近未来を描いている。戦争によって文明は後退し、今自分達が生きているこの時代が『先進時代』と呼ばれる様になり、本が大衆のものではなくなってしまった世界。戦前に刊行された一冊の文庫本が文化財級の扱いを受ける様になった世界。それが本作で描かれる未来の姿だ。
 そんな時代でも、人は端末で物語に触れる事は出来る。端末上のデータとして小説を読む事も、雑誌を読む事も出来る。ただ紙媒体の本を読む者や本を収集する者は好事家扱いされる様な、そんな時代。その中で本を貸し出すという『サエズリ図書館』がいかに異質なものか想像出来るかと思うのだけれど、その図書館の責任者であり『特別探索司書』であるワルツさんと、彼女を取り巻く人々の物語は、本に対する愛情で満ちている様に思う。

 論理的に考えれば、同じ物語を電子書籍として端末で読もうと、紙の本で読もうと同じ事だ。読み方が変わったからといって、何も物語の内容まで変わってしまう訳ではないし、その本質が変わってしまう訳でもない。それを理解してなお、『本』を求める人々がいる。自分もそうだ。だがある人から見ればそれは単なる懐古趣味なのかもしれないし、時代の流れに逆行する事なのかもしれない。褒められたものではないと眉をひそめる様な事なのかもしれない。それでも本を好きでいるという事。本を愛する人々がいるという事。その理由を本作は示している。そのおだやかで、やわらかな物語の中で。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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