不器用な大人達の物語として・白石かおる『僕と『彼女』の首なし死体』

 

“彼女の生首を置くため、僕は代々木八幡で降りて少し歩くことにした。”

 こんな書き出しで幕を開ける本作は、死体遺棄の犯人を主人公にするという一風変わったミステリー小説だ。謎解きや犯人探しが苦手な自分の様な読者にも優しい……という訳でもなく、当然そこには「なぜ主人公は『彼女』の生首を往来に遺棄するに至ったのか」という謎が横たわっている。

 バラバラ殺人の犯人に、刑事が「なぜこんな事をしたんだ!」と犯行動機を聞くと、犯人が「運び易かったから……」と答える、というギャグ漫画があった様な気がするのだけれど、当然本作の主人公もそんな単純な理由で『彼女』の首を切断した訳ではない。では切断した首を隠すどころかわざわざ人目につきやすい場所に遺棄するに至った主人公の動機とは何か。そして生前の『彼女』と主人公との間にはどんな繋がりがあったのか。

 主人公の動機、そして主人公の性格を肯定的に受け止められるかどうかで評価が分かれる作品だと思う。人の首を切断するという行為に何の抵抗もない人間はまずいないだろう。でも主人公は『ある目的』の為にそれを実行する。何が彼をそうさせたのか、という謎が明かされる時に、その答えに納得できるかどうか。主人公の行為を許せるかどうか。彼に感情移入できるかどうか。それによって本作の読後感も大きく違ってくる筈だ。

 では自分はといえば、どうだろう。よくわからない。
 小説を読む時に「自分ならどうするだろう」と考える事は色々とある。しかし本作に限って言えば、自分が主人公と同じ状況に置かれた時に、彼と同じ様な行動に出るのかどうかは最後までわからないままだった。

 あまり物語の内容に触れてしまうとせっかくの謎が台無しになってしまうのでこの辺で切り上げるけれど、自分はこんな風に『普通に暮らしていれば絶対にあり得ない様な事態』を疑似体験させてくれる小説が割と好きだ。そりゃあ死体遺棄は犯罪であって、そんな事を実体験する機会なんて無いに越した事はないけれど、それでも一種の思考実験というか、遊びとして主人公に感情移入してみる時に、色々な物事が新しい視点で見えてきたりもする。例えば普段の自分とは違うものの考え方がある事に気付かされたり、自分でも気付いていなかった様な自分自身に気付かされたりといった様な事だ。そういう『気付き』のきっかけを得られる事は楽しい事だし、興味深い事でもある。『ああ、自分が本当に欲しいものはこれだったんだ』とかね。

 不器用な大人達が、それぞれ懸命に生きようとして、でもなかなか上手くは行かなくて、互いの気持ちはすれ違うばかり。それでも毎日の暮らしは続いて行くから、自分達はそんな日々を投げ出す訳にも行かなくて、よろよろと歩き続けている。これはきっとそんな物語だ。その中で自分が本当に求めているもの、探しているものとは何だろう。答えは案外、単純なものなのかもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon