出来損ないのカメレオン達へ・柴村仁『プシュケの涙』

 

“君といるのが好きで あとはほとんど嫌いで
 まわりの色に馴染まない 出来損ないのカメレオン”

 the pillows『ストレンジ カメレオン』より

 自分達は器用じゃない。それでも日々何とか周囲に歩調を合わせて生きて行こうとしている。それは単なる自己保身なのかもしれないけれど、カメレオンの様に器用に自分の色を変える事が出来ない自分達は、時に周囲から浮き上がってしまったりする。それでも続く日々を生きて行かなければならない自分達は、常に自分の居場所を探している。でも世界には出来損ないのカメレオンの為の居場所なんてないから、自分達はお互いの居場所としての他者を求めているのかもしれない。自分と同じ様に不器用な誰かを。本作はきっとそんな物語の中のひとつだ。

 さて、『オコノギくんは人魚ですので』の感想に頂いたコメントで知った本作。この作品も表紙と作品との一体感があって凄く良いと思う。『オコノギくんは人魚ですので』の感想でも書いたけれど、作品を読み終えて、もう一度表紙を見た時に、凄く胸に迫るものがある。通常のライトノベルの表紙というと、キャラクターを売り込む事が大きな目的の一つなので、表紙にキャラクターの絵が大きく書かれている場合が多い(それも大抵はヒロイン)のだけれど、本作の様に作品と表紙が一体となってひとつの物語を構築している様な装丁はとても好きだ。派手さは無いし、キャッチーでもないけれど、完成度が高いと思う。

 本作は高校を舞台にしている。登場するのは周囲から「変人」「宇宙人」と呼ばれる少年、由良と、ごく普通の男子高校生である榎戸川。そして榎戸川が学校での飛び降りを目撃した少女、吉野彼方。由良と榎戸川の二人はある理由から吉野彼方がなぜ自殺しなければならなかったのかを探り始める。

 この導入部だけを読むと、本作はまるで推理小説の様ではある。しかし本作のテーマはそこにはない。詳しく書いてしまうとネタバレになってしまうので、ここで詳細について触れる事はしないけれど、本作のメインテーマはもっと違う場所にある。それは自分達が常に探しているであろう『自分の居場所』というものについてだ。

 学校というのは特殊な空間だと思う。様々な個性を持った人間が「生徒」という括りで同じ空間に詰め込まれ、管理される。生徒にとっては学校がひとつの居場所になる。その学校の生徒である、という立場が保証されている限りは。しかし、同じ生徒達の人間関係の中で、誰もが自分の居場所を確保できるかというと、実はそれは難しい事なのかもしれない。
 周囲に話を合わせる事が上手くて、誰からも好感を持たれる様な人もいれば、人の輪の中に入って行く事を苦手とする人もいる。近年は『空気が読める』という事が重要なコミュニケーションスキルの様に語られるけれど、それは本来の自分の個性を周囲の『空気』に馴染む様にコントロールして行く能力だ。学校というのは協調性を教え込む場でもある。その中では多かれ少なかれ、皆どこか素の自分を押し殺して生きている。しかし、尖った個性を持っている人にとって、まるで型にはめる様に「周囲と足並みを揃えろ」と要求される事は苦痛だろう。

 集団の中で、上手く周囲との折り合いを付けられる人。本当はストレスを感じながらも、何とか周囲の人の輪の中に収まっている人。そして、他者と馴染めずに孤立して行く人。皆自分の居場所を求めている。そして当たり前の事だけれど、求めているものを手に入れられる人もいれば、そうではない人もいる。一度は手に入れた居場所を失ってしまう人だっている。

“「どうということはないんだけど、ただ……なんとなく、消えてしまいたくなることが、あるんだよな。なんかもういいや、みたいな……」
 「バカだな。皆そうなんだよ」”

 本作の中で、こんな会話がある。内容は本当にありふれた事だ。誰でも同じ様な悩みを抱えている。でもこの話をしているのが誰かという所に、本作の純粋さと残酷さが共存している様に思えてならない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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