本当は見える筈のものから、目を逸らして・ヨゲンメ『キミと死体とボクの解答』



 こういう漫画が売れて欲しいと思う。

 自分はこういう良作を自力で見付けるのが苦手で、特に新人作家さんに関するアンテナが低い。今回は下記のサイトで紹介されているのを見て即買いした次第。素直に感謝。

 Book News「人の心の傷を癒すことができるのか。青臭い問いに挑む『キミと死体とボクの解答』」 

 帯の文章は『死体(キズ)だらけの世界で、僕は君に出会った』
 誰の目にも、写真にも写らない『透明死体』が見えてしまう高校生・ユウは、その死体写真をブログにアップし続けていた。死体写真と言っても、透明死体は写真に写らない訳だから、その写真はただ地面を写したものの様にしか見えない。

 『僕には透明な人の死体が視えます』

 ブログに書いた言葉には「嘘つき」というコメントが投げ返されてくる。誰にも理解してもらえない。何故自分にだけ透明死体が見えるのか。そもそも透明死体とは何なのか。何もわからないまま過ぎて行く日々の中で、ユウは初めて透明死体が見えるという少女と出会う。

 『ボクらが視えてるのは心の死体なんだ』

 少女は言う。想像出来ないくらい辛い事があると、人の心は死ぬ。そして死んだ心はその時のまま体から抜け落ちる。その死んでしまった心こそが透明死体の正体なのだと。彼女の願いは人の心の傷を癒す事。そうする事で、心の死体を消す事。

 透明死体=心の死体は、そこで誰かの心が傷付いたという証拠だ。しかし、本当の死体がそうである様に、透明死体もまた何も語らない。その心の傷が何によってもたらされたものなのか。どうすれば心の傷を癒す事ができるのか。それは誰にもわからない。たとえ透明死体が見えたとしても、どうすればその傷付いた心の持ち主を救う事ができるのかまではわからないのだ。

 仮に、自分にも透明死体が見えるとしたらどうするだろう、何が出来るだろうと考えてみる。子供の頃、自分達は「人の心がわかる人間になりなさい」「優しい人になりなさい」と教えられた筈だ。けれど大人になってから思い知らされるのはそれとは逆の事で、そんな感受性や優しさは自分自身を傷付けるだけという身も蓋もないものだったりする。楽に大人をやるコツは鈍感に生きる事だ。たとえ透明死体が見えたとしてもそれを無視して――いや、むしろ踏み付けて――通り過ぎる事が出来るくらい鈍感になれれば上出来だ。他人に優しくできたからって相手も優しさで返してくれるとは限らない世の中で、心優しい人ほど、相手の気持ちになって考える事ができる人ほど自分の心をすり減らして行く。だから自分の様に小狡さを身に付けた嫌な大人は鈍感さで世渡りをする事を覚えるのだ。そんな自分自身に、時に嫌気が差す事があったとしても。

 意地悪な考え方だけれど、本作を読んで自分はこう思ってしまった。透明死体が見える人は、自分が傷付けてしまった誰かの心が、目の前で透明死体になる瞬間を目撃してしまう事は無いのだろうか。それは自分自身の透明死体を見てしまう事と同じ位、或いはそれよりも辛い事かもしれない。自分が誰かの心を傷付けてしまった。誰かの心を殺してしまった。実際に自分がこれまで生きて来た中ではそんな事もあっただろう。現実には透明死体が見える事などないから、自分は「自分が殺してしまった誰かの心」に気付かずに通り過ぎてこれただけだ。気付かずにいられただけだ。そんな瞬間を見たくない。思い知らされたくない。その時の相手の気持ちなんて想像したくもない。そうやって鈍感さという名の鎧を着て身を守ろうとしてきた。でも時々思うのは、それは本当に正しかったのかどうかという事だ。

 むき出しの感受性や優しさのせいで傷付く事を恐れて、鈍感さを着込む事で心を守ろうとしてきた。でもその心は外から傷付く事が無い代わりに、内側から腐って行っていたのかもしれない。他人は傷付けたとしても自分が傷付かない様に、色々な物事から目を逸らす事を覚えた自分。本当は見える筈のものを無視する事が出来る様になった自分。透明死体を踏み付けて生きて行ける自分。そんな自分になる事を、昔の自分は望んでいただろうか。

 もしかしたら、かつての自分の心もまたある時点で死んでいて、今も透明死体として誰にも見付けてもらえないままどこかに転がっているのかもしれないなと思う。かつて過ごした街のどこかで、雨曝しになっている自分の心の死体を想像してみる。今からでも自分はそれを見付ける事が出来るだろうか。その心を、弔う事が出来るのだろうか。ふと、そんな事を思った。

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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