見失った幸せの所在・三秋縋『スターティング・オーヴァー』

 

“これは、二十歳の誕生日を迎えた僕が、十歳まで時を巻き戻されて、再び二十歳になるまでの話だ。”

 『スターティング・オーヴァー』がどんな作品か説明しようとすれば、物語の冒頭に書かれている通りだと思う。二十歳の誕生日を迎えた主人公が、十歳まで時を巻き戻されて、再び二十歳になるまでの話。ただ、リセットされた人生を再スタートする物語としては、本作は異色かもしれない。

 過去に戻って人生をやり直す話では、大抵の登場人物は最初の人生の失敗を、未来の知識を使ってやり直そうとする。それは自分も含めて大抵の人が願う事だろう。そうやって過去の失敗を帳消しにできたらどんなに良いだろうかと願ってしまうのは人間の性みたいなものだ。『ソラニン』じゃないけれど、『あの時こうしてれば あの日に戻れれば』って誰でも考える。そして『あの日』に戻って、もう一度人生をやり直せたらどんなに救われるだろうなんて、何度願っても絶対に叶わない願いを口にしてしまう。
 しかし本作の主人公は、誰もが夢見る二周目の人生について『なんて余計なことをしてくれるんだ』とぼやく。

“なに一つ、自分の人生についての後悔を持っていない人間がいるとしよう。そいつは多分よっぽどの幸せ者か、そうでなきゃ、よっぽどの馬鹿だ。反省する点が一つもないくらい完璧な人生を送ったか、反省できるほどの脳味噌を持ちあわせていないか。
 自分で言うのもなんだけど、僕は前者だった。幸せ者だったのさ”

 こうして、望みもしないのに二周目の人生をやり直すハメになった主人公は、一周目の人生の失敗をやり直すのでもなく、一周目より素晴らしい人生を目指すのでもなく、一周目と全く同じ人生のレールに戻る事を目指す。できるだけ一周目と同じ選択をする事で、自分が生きる筈だった一周目の人生を取り戻す事。それが主人公の願いだ。

 正直最初は、この主人公に感情移入できるか不安な部分もあった。何せこれまでの人生を振り返っても反省や後悔とは無縁な幸せ者だったと言い切れる人間だ。自分との共通点は無いだろうと思えた。しかし、小説というのは時に現実よりも過酷なもので、本作の主人公は自分が戻るべき一周目の人生には戻れず、むしろ一周目よりも落ちぶれてしまう事になる。多くの友人に囲まれ、素敵な恋人がいた一周目の記憶を抱えながら、友人も恋人もおらず、人を避ける様に二周目の人生を生きる事は耐えられない苦痛だろう。それも、一体どうしてこんな事になってしまったのだろうと常に思いながら。それは「理想の自分になれない事」よりももっと質が悪い。なぜなら彼は「自分が本来その理想通りに生きていた事」を知っているからだ。単純に理想が叶わない事なんていくらでも諦めがつく。けれど、自分が生きていた筈の幸せな一周目の人生を記憶していたなら、その「本来自分が手に入れていた筈の幸せ」を諦める事は難しい。

 望まない二周目の人生の中で、主人公はどう生きるのか。自分が失ってしまったものを取り戻せるのか。それは本作を読んで頂くとして、既に読み終えた立場から言わせてもらえば、自分はこの物語の結末は結構好きだ。そして、数ページ読んだ段階で本読みならば気付くであろう、『ライ麦畑でつかまえて』を彷彿とさせる文体もこの物語に合っていると思う。本作の主人公がホールデンなら、その妹はやっぱりフィービーなんだろう。そういう狙ってやっている部分も含めて、自分は本作が気に入っている。そのひねくれ具合も込みで。いや実際、この世の中で生きて行くには、少しくらいひねくれていないと辛いからね。

 

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ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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