現実に対する誠実さを持って、虚構を描く・長谷敏司『My Humanity』

 

 自分はやはりSFが好きなんだな、という事をあらためて実感出来る様な本だった。うん、SFは面白いよ。単なる一読者でしかない自分にも日本のSFが盛り上がって行く為に出来る事がもしあるのだとすれば、面白い本を読んだら素直に面白かったと感想を残しておく事くらいだ。それは微力と言うのもおこがましい位のものでしかないのだろうけれど、バタフライ効果の手助け位にはなるかもしれないので無駄とは思わずにやって行こうと思っている。

 さて、本著は短篇集なのだけれど、その全てに『My Humanity』というタイトルが深く関わっていて、収録された短篇作品全体を貫くひとつのテーマになっている様に思う。
 『Humanity』という単語を辞書で引くと『人間性』『人類』『人間愛』等複数の意味を持つ言葉である事がわかる。それぞれが深い言葉であるが、『My Humanity』というタイトルが意味するものがそのどれを指したものなのか、各作品を読み進めて行くと様々な解釈が出来て興味深い。

 収録作全てについて詳細な感想を書こうとすると膨大な量になってしまうので、どの作品を取り上げようか迷ったのだけれど、やはり福島県在住の自分としては原発問題とも一部絡んでいる『父たちの時間』について書こうと思う。
 『父たちの時間』では、原発の運用や廃炉作業を円滑に進める為に開発された自己増殖機能を有する放射線遮蔽用のナノマシン《クラウズ》が想定外の変異を起こし、やがて人類にとっての脅威となって行く過程が描かれている。物語はもちろんフィクションだが、そのベースには東日本大震災と福島第一原発の原発事故がある。

 以前、岩井俊二氏の『番犬は庭を守る』の感想を書いた時にも言ったけれど、自分は現実の原発事故、或いは原発問題が、言ってみればフィクションの『ネタ』として機能してしまう事に忌避感というか、嫌悪感を持っている。物語は虚構であっても、福島で生きている自分達の生活は現実だからだ。他県ではどうか知らないが、福島県では震災後3年経った今でも県内ニュースの天気予報とセットで各地の空間放射線量が毎日報じられている。それはスギ花粉の飛散量や洗濯指数、桜の開花状況等と横並びに報じられる情報であって、既に自分達にとっては日常の風景になってしまったものだ。今日は線量が高いから外出を控えようと考える事もない。そもそも空間線量は日によってそんなに大きく増減するものではないし、気にしたところでどうなるものでもない。神経質になっていては日常生活が送れない。それでは全く不安が無いのかと言えば、そうとも言い切れないという煮え切らない現実があるだけだ。ここにあるのは現実であって、現在進行形の原発問題には用意された結末など存在しない。

 震災後の日本で原発問題に触れた作品を発表する事はデリケートな問題になっているのだろうと思う。自分の知人や職場の同僚にも原発事故が原因で避難生活を余儀なくされている人がいるが、一度発表した作品はそういった人々の目に触れる事になる。書かれた内容によっては不快に思われる事もあるだろうし、異論も出る事だろう。それでも真剣に原発問題に向き合って書かれたものなのか、それとも単に作品を書く上での『ネタ』として原発問題を持ち出し、利用しただけなのかは読めばわかると思う。作家の『人間性』もまた作品には滲み出るものだと思うから。少なくとも自分は、本作はしっかりと原発問題に向き合って書かれていると思うし、そこを突破口として『人間性』とは何なのか、生きるという事はどういう事なのかというテーマについても深く掘り下げて描いていると思う。

 当初は安全だと思われていた科学技術が人間の制御を離れて暴走して行くという過程は原発の安全神話が崩壊して行った姿とも重なる。事故に至るまでに何らかの落ち度はあったのだろう。しかし本作でのナノマシン利用にしても現実の原発推進政策にしても、全ては悪意から始まった事ではなく、むしろ善意から始まった問題なのだと考える事も出来る。原発推進によって安定的に電力が供給出来る様になれば、ナノマシンの利用によって人々の生活に貢献出来れば、それが人々の暮らしにとってプラスになるはずだという善意。その善意から致命的な問題が噴出してしまう事もある。そして人はそのままならない現実と向き合って生きて行くより他ない。自分達はそれぞれ限界を抱えつつも、各々が出来る範囲で最善と思える選択をして行くしかないのだから。それがのたうつ様な、無様な姿であったとしても。

 自分はSFに限らず、全ての物語は絵空事ではないと思っている。それらは全て自分達が生きている現実とどこか繋がっていて、だからこそ自分達は読書体験を通じて虚構の物語の中から何か大事なものを現実に持ち帰る事が出来るのだろうと思うのだ。少なくとも自分にとって小説とはその様なものであり続けるだろう。本作の様な作品が生み出される限りは。

 

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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