投資とネット利用は計画的に・七尾与史『バリ3探偵 圏内ちゃん』

 

 軽く読めそうという事で手を出してみたら、作中で起こる殺人事件そのものは意外と猟奇的で、軽いノリの登場人物達とのギャップが凄かった印象。

 『忌女板』(既婚女性が書き込む掲示板サイト)で、『圏内ちゃん』というハンドルネームで知られている主婦、見内緑子。彼女はそのハンドルネームの通り、携帯電波の受信圏外に出ると、押し寄せる不安によって目眩や動悸に襲われて動けなくなってしまうという一種の精神疾患に悩まされていた。
 生活スタイルは基本引きこもり。極度の話し下手というか対人恐怖症の気があり、ネットを介したチャットやツイッター、掲示板への書き込み、もしくは携帯に打ち込んだ文字を相手に見せる「デジタル筆談」でのみ他人との会話が成立する。ネット上では饒舌なのに、現実には滅多に口を開かない。自宅で夫と会話する時ですらチャットを使う徹底振りだ。

 極度のネット依存症でもある彼女がその実力を発揮するのはやはりネット上であり、その鋭い洞察力は他の追随を許さない。元歯科医で、とある事情により現在失業中の夫、朔太郎は収入ゼロ。家計は全て緑子が高レバレッジのFXで稼ぎ出している。その為、「並みのサラリーマンより稼ぐ」妻の生活の面倒を見る事が、夫の唯一の仕事と化している。例えば妻がハマっている「ミルクほうじ茶スカッシュ」なる飲料の買い出しや、ネットにハマって手が離せない時でも片手で食べられる上に作り置きが出来るカレーを仕込む事等。それでいいのか。

 目下『忌女板』ではツイッター等のSNSで犯罪自慢をしたり、主婦や子供に暴言を吐いたりする人物の身元を特定して追い込む「祭り」が頻繁に発生している。例えば電車内で泣き止まない子供に腹を立て、「ムカついたから電車を降りる時、ガキにデコピンしてやったぜ」なんて事を書き込んだ男がいたとする。その書き込みを発見した忌女達は行動を開始し、過去の書き込み内容や対象の交友関係等から住所氏名、年齢、通学する学校や勤め先等を洗い出す。それらはすぐさまネット上に晒される。平行して学校や職場に直接電話を掛けて事実を問い質す、所謂『電凸』が行われ、哀れデコピン男は「抵抗出来ない子供に暴行を働いた傷害事件の犯人」として社会的制裁を受ける事になる訳だ。まあある意味自業自得と言えない事もないが。

 圏内ちゃんこと緑子はそんな『忌女板』のカリスマだ。常に昔で言う所のバリ3状態を維持するネット環境が無いと生活出来ないレベルの彼女は、何か事件が起きて『祭り』が発生する度にその洞察力を駆使して犯人の身元を特定してしまう。「圏内ちゃん、降臨しないの?」「マジで圏内ちゃんだけは絶対に敵に回したくない」等と、神にも等しい崇められ方をする彼女だったが、とある「祭り」から、思いも掛けず猟奇的な殺人事件の犯人を追う事となり……。

 本作はミステリだが、ある意味ファンタジーだなとも思う。圏内ちゃんのキャラクター設定は漫画並みで、高レバレッジのFXで生計を立てる凄腕トレーダーにして忌女板のカリスマ。夫は無職が玉に瑕だが、妻の特殊性に理解があって文句も言わず家事を含めた生活全般の面倒を見てくれる。警察でも容易には解決出来ない難事件に捜査協力をして、その能力を賞賛される等、「私も圏内ちゃんみたいになりたい」とか言い出す人が出ないか若干不安だ。もっとも、コミュニケーション障害と言われても反論出来ないレベルのネット依存症はどうかと思うけれど。

 本作の『忌女』は2ちゃんねる等で言うところの『鬼女』であり、実際に本作で言及されている様な活動をしている既婚女性もいる。(まあ既婚女性だけではなくて、中には未婚女性や男性もいるだろうけれど)「祭り」に参加して対象の個人情報の特定に一役買ったり、電凸して相手を追い込む事で溜飲を下げたりしているのを見聞きすると、確かにその捜査能力と行動力には目を見張るものがある。しかしながら、本作でも語られる様に、やり過ぎるとトラブルの元になるし、結果取り返しが付かない事にもなりかねない危険性を孕んでいる。祭りで個人情報を晒された結果冤罪だった、などという可能性も考えると、彼女達の行動力が逆に怖い。

 本作はあくまでもエンタメ小説であって、それを実際に真似してFXトレーダーで生活しようとか、カリスマ鬼女を目指そうとか、祭りに参加して無用なトラブルに首を突っ込もう等という事は考えない方が良い。まあそんな人そうそういないだろうとは思うけれど、一応自戒も込めて、投資とネット利用は計画的に、とだけ書いておこうと思う。素人の高レバ、ダメ、ゼッタイ。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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