ごきげんよう、さようなら。――良い終末を。・入間人間『しゅうまつがやってくる! ―ラララ終末論。 I―』

 

 「しゅうまつ」と打ち込んで変換した時に「週末」よりも先に「終末」が出て来る程度には終末ものが好きだと思う。まあこの話は過去にも何度かしているので割愛する。

 自分は今まで、いわゆる『ボカロ小説』という奴を読んだ事が無かった。『初音ミク』に代表される様な『VOCALOID』というソフトを使って作られた曲が人気を博している事は知っていて、以前は動画投稿サイトでそれなりに色々な曲を聴いていた事もある。といっても最近の曲はよく知らないのだけれど。

 動画投稿サイトで再生数が多い有名曲を元ネタにして小説を作り上げるという『ボカロ小説』について、自分がそんなに読みたいと思わなかった理由は、何か「元曲の人気と知名度にあやかって小説を作ってみました」的なものを感じてしまったからなのだけれど、(「ボカロP本人が小説も書きました」というのもそれはそれで小説としての完成度を危惧してしまう)そんな中で入間氏がボカロ小説を書くと聞いた時にはちょっと意外だった。というのも、歌はそれ単体で作品として完結している訳で、それを小説になるまで膨らませて行く事にどれだけ意味があるのか懐疑的だったからだ。ではなぜ本作に限って買ったのかというと、ひとつは当然入間氏が書くという事。もうひとつは、かろうじて元曲を手掛けた『ささくれP』ことsasakure.UK氏が手掛けた『「終末」シリーズ』の内の1曲『*ハロー、プラネット。』を知っていたからだ。あの曲を書いた人の世界観が入間氏の手で小説になるというのは、何か面白い化学反応が起こるかもしれないという予感があった。

 本作のストーリーは元曲である『しゅうまつがやってくる!』を意外な程忠実になぞっている様に思う。自分は元曲を知らずに、先に小説を読んでから曲を聴いてみたので余計にそう思ったのかもしれない。そして所々に『ぼくらの16bit戦争』等の他の『「終末」シリーズ』楽曲から持ち込まれた設定等もあり、それがどれだけ今後発表される続編に活かされるのか、またどの様にリンクして行くのかは未知数だ。

 小説が元曲の展開を忠実になぞるのならば、次回は『ぼくらの16bit戦争』になるのだろうが、そこで描かれる戦争の形というものもまた、今はまだ判然としない。敵は何で、対立軸はどこにあり、勝利条件とは何なのか。元曲は何も語らないが、それを小説にする以上は避けて通れない命題だ。そして分かっているのは、その戦争をひとつの契機として世界に終末がやって来るという事と、その終末から逃れられる人間は、恐らく誰一人存在しないという事だろう。

 終末の到来が予め定められた世界にハッピーエンドを求める事は難しいのかもしれないが、それでもその世界を小説として物語るならば、最後には少しの希望があって欲しいと思う。その希望の形を入間氏がどう描いてみせるのかを、今は楽しみにしておこう。

 
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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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