自分達を取り囲む普遍的な陥穽 ジョーゼフ・ヘラー:著 飛田 茂雄:訳『キャッチ=22』

  

“「人間というのは――なんだと思う?」
 貴士は静かにそう話しかけた。
「たとえば、ジョーゼフ・ヘラーという作家が書いた<キャッチ22>という小説がある。読んだことがあるかな? ないだろうな――世界の不条理を描いたこの作品の中で人間というのは何か、ということが実に端的に語られている。火をつけたら燃える、地面に埋めれば腐る――人間は、台所の隅にある生ゴミと同じだと」”

 上遠野浩平『騎士は恋情の血を流す』より

 浅学な自分が『キャッチ=22』という作品の存在を知ったのは、この上遠野浩平氏の書いたライトノベル『騎士は恋情の血を流す』を読んだ時だった。それで興味を持って探してみたのだけれど、なかなか手に入れる機会が無いまま時間が経ってしまっていた。だが今回、『ハヤカワ文庫補完計画』の中で新版が刊行され、ようやく読む機会を得る事が出来た。まずはその事に感謝したい。

 さて、『キャッチ=22』とはどんな作品であるのか。それを一口に語る事は難しい。表面をなぞるならば、これは第二次世界大戦中、中部イタリアのピアノーサ島にある米空軍基地に駐留する爆撃隊を描いた戦争小説だ。主人公のヨッサリアンはドイツ軍陣地に爆撃を行う為に出撃して行くのだが、「この回数出撃すれば軍務を解かれ、本国に帰る事が出来る」という『責任出撃回数』をこなす事が出来ない。なぜならば、ヨッサリアンが責任出撃回数に到達しようとする度に、狂った連隊長がその回数を引き上げて行くからだ。最初は25回とされていた責任出撃回数は30回になり、気付けば40回、50回と際限無く増えて行く。連隊長がなぜそんな狂った事をしているのかと言えば、出世欲に駆られての事だったりする訳だが、この程度の狂い方は本作の中では特筆すべきものでもない。なぜならば、本作の登場人物達は一兵卒から将官、佐官に至るまで残らず狂っているからだ。

 主人公のヨッサリアンは生き延びたいという一心で、仮病を使って病院に居座ろうと画策したり、無線機の故障を理由に一度出撃した爆撃機を引き返させたりと、あらゆる手段を用いて軍務をボイコットしようとする。通常の軍隊であればそれだけでも大問題だが、このヨッサリアンのあり方ですら本作の中ではまだマシな方、言ってみれば人間として当然の「死にたくない」という感情から来る正気の産物だ。他の登場人物といえば、いたずらに責任出撃回数を増やし続けるキャスカート大佐や、上官からの評価を得る為に兵士を分列行進させる事に取り憑かれるシャイスコプフ少尉、果ては軍内部に私的な物流シンジケートを構築し、巧みに上官からの協力を取り付け、最終的には敵であるドイツ軍とすら取引をして、味方の爆撃機を撃墜させたり、味方の爆撃機に自分達の基地を爆撃させたりといった暴挙に及ぶマイロー少尉等、皆どこか狂っている。

 戦争を描いた作品で、個人としての兵士が心を病み、人間として壊れて行く事を描く作品は数多い。しかし『キャッチ=22』が描くのは、戦時の軍隊という組織そのものが内包する狂気であり、その狂気を正気としなければ維持出来ない戦争という状況の悲惨さであり、もっと言えばこの狂気は軍隊のみならず、世界の至る所に潜んでいるのだという普遍性だ。

 本作の題名でもある『キャッチ=22』とは、本作に登場する軍規だが、この軍規は驚く程詳細な条項を持っており、戦場の兵士達を縛っている。その中にこんなものがある。

 精神に異常をきたしている、要は狂っている人間は飛行機を飛ばしてはならないと軍規は定めている。だから、自分は狂っていると判断する兵士は、それを軍医に申し出て認められれば出撃しなくても良い筈だ。だが、同じ軍規はこうも定めている。自分は精神異常だと自己申告出来る兵士は、自己分析が出来る程度、また危険な任務から逃れたいという判断を下せる程度には正気を保っているのであるから、精神異常とは呼べない。つまり精神異常を主張する申告とは全て任務から逃れる為の詐病であるから、彼等は残らず出撃しなければならない。更にこの理論で言えば、本当に精神を病んでいる者はそもそも自分が精神異常であると主張する事もないのであるから、彼等もまた出撃しなければならない。要するに、任務からは何人も逃れる事は許されないのだ。これが『キャッチ=22』という『落とし穴』だ。

 滅茶苦茶な理論ではある。ただ、これと同じ様な状況には戦時の軍隊ならずとも日常生活の中で陥る事があるだろう。矛盾する規則や条文、ダブルスタンダードと言われる様な理不尽な状況は、常に自分達を取り囲んでいる。その中で正気を保って生きて行かなければならない自分達の『生き苦しさ』は、ヨッサリアン達を縛り付ける『キャッチ=22』と同じ様に、真綿で首を絞められる様な苦痛を伴う。そこから抜け出す術はあるのか。本作はその事を問うている。

 読み易い小説ではないと思う。下巻の巻末に時系列を整理した解説が付記される様に、劇中の時間軸は連続しておらず、あえてバラバラに書かれているし、登場人物達の行動や思考も寓話めいていて時に現実離れしており、一度読んだだけでは感情移入し難い。それでも本作が多くの支持を集め、『キャッチ=22』という題名が「矛盾した状態」や「ジレンマ」を表す慣用句として使われるまでになったのは、自分達の生きるこの世界が、いかに『キャッチ=22』的な状況に溢れているかという事の証左であり、自分達がヨッサリアンと同じ様に、何とかその状況から抜け出して、より良く生きていきたいという事を希求しているか、そしてまたそのささやかな願いが、いかにして圧殺されているのかという事を明らかにする本作の鋭さが評価されているという事なのだろうと思う。

 自分達が嵌っているこの抜け出せない落とし穴。『キャッチ=22』の普遍性。それはこの世界の有り様が変わらない限り、色褪せる事は無いのかもしれない。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon