古き好き時代の空気を、電子書籍で・ベニー松山『隣り合わせの灰と青春』『不死王』

  

 書籍としては絶版となったりして、手に入り難くなってしまった本を読者の下に届けてくれる事が電子書籍の良い所だと思う。自分はAmazonのKindleを利用しているのだけれど、Amazonの本の注文ページには、『Kindle化リクエスト』という項目があって、電子書籍化されていない本の電書化要望が出せる様になっている。そこで自分はこの本のリクエストを随分前に出していた。

 この『Kindle化リクエスト』がどの程度効果があるものなのか分からないが、要望が多く集まり、条件が揃えばこうして電書化される事もある、という事で、絶版の本を読みたい方はダメ元でリクエストを出してみるのも良いかもしれない。ちなみに本作の単行本の出版は1988年11月。1998年12月に文庫版が刊行されたらしいのだけれど、現在はどちらも絶版だと思う。

 さて、本作『隣り合わせの灰と青春』は言わずと知れた名作RPG『ウィザードリィ』を題材にした小説であり、そのシリーズ第1作目である『狂王の試練場』の設定を用いた物語が展開される。

 このブログでも、野島一人氏の小説版『メタルギアソリッド ピースウォーカー』の感想を書いたりしたけれど、ゲームのノベライズというと、既にストーリーが固まっているものを、いかに破綻なく小説という別媒体に落とし込むか、また原作で描き切れなかった細部を補完し、更なる広がりを持たせられるか、という手腕が問われる訳だが、本作においては題材がウィザードリィという事もあり、厳密に定められた原作ストーリーなるものは存在しない。唯一『狂王トレボーの命により、魔術師ワードナに盗まれた魔除けを奪還すべく、冒険者達が迷宮に挑む』という設定が存在するのみで、その他はプレイヤー側の想像に委ねられている。自由にキャラクターを作り、パーティーを編成し、ひたすらダンジョンの最深部を目指す中で、プレイヤーは自分だけの物語を描いて行く訳だ。

 そんな原作を小説化するという事。これはもう骨に肉付けをして行くが如き労力が必要になると思うのだが、それはそれだけ作者の自由度が高い事も意味している。その為か、ウィザードリィが原案だとされる作品はゲームのみならず小説や映画等多岐にわたり、中には押井守氏の『アヴァロン』の様に、ウィザードリィが原案であると言われなければ分からない程毛色の異なる作品として結実したものもあった。江波光則氏の小説『ボーパルバニー』もその系統かもしれない。

 そんな中で本作『隣り合わせの灰と青春』は原作である『狂王の試練場』の基本設定を忠実に守りつつ、ゲームの中では語られない、狂王トレボーや魔術師ワードナの思惑、また独自に設定された登場人物達の物語等が絡み合い、ウィザードリィらしさを保ったまま小説として必要とされる物語のボリュームを確保するという難しい課題をクリアしていると言える。原作が原作だけに、もっと独自の色に染めてしまう事も可能だったと思うが、そこを敢えて抑え、ゲームをプレイした人間ならば通じる様な『あるある』的なネタも交えつつ、あくまでも『ウィザードリィの小説』としての高い完成度を目指した本作は、ゲームのノベライズとしてのひとつの完成形と言えるのではないか。

 更に、本作の外伝的作品である『不死王』は、題名の通り不死の王であるヴァンパイアロードと、もう一人の不死王の孤独を描きつつ、定命の者である人間が、その寿命の短さ故に抱く欲望の醜さを描く一方で、その欲求が種としての活力にも繋がっているという、表裏一体のテーマを扱っている。金銭欲や名声欲、果ては性欲等、欲望というと悪いイメージがつきまとう訳だが、何かを強く欲するその気持ちが人間という種族全体の発展を促してきた事も確かだ。それが人間という種の外側にいる『不死王』達の視点を通して描かれる時、自分達は人間というものの有り様を見つめなおす事になる。

 『不死王』は外伝的作品という事もあり、『隣り合わせの灰と青春』に比べ、作者の独自要素や独自解釈が多く盛り込まれている。ただその一方で、『隣り合わせの灰と青春』や、その続編に当たる『風よ。龍に届いているか』にもリンクする内容を含んでいて、作者の「ウィザードリィ愛」が感じられる。

 と、ここまで小難しい感想を書いた訳だが、この「自分がプレイしているゲームの世界を、妄想によって膨らませて行く行為」という奴は、ゲーマーならば多かれ少なかれやっていると思う。そしてそれは、間違いなく楽しい。特にウィザードリィの様に、決まったストーリーやキャラクターが用意されている訳ではないゲームの場合、その冒険の細部をプレイヤーが自由に想像できる余地がある。大抵そうした妄想は、こうした作品の様に形になる事なくプレイヤーの頭の中に漂っているだけで終わる訳だが、それを作品として昇華させるまで突き詰めた結果が、これらの作品なのだろう。

 さて、著者のベニー松山氏のツイートによれば、『風よ。龍に届いているか』のKindle版の著者校正も完了し、7月11日にリリース予定との事なので、それもまた楽しみにしたいと思う。

  

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ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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