もう一度生まれ直す為に、少年は世界と対峙する・坊木椎哉『きみといたい、朽ち果てるまで ~絶望の街イタギリにて』

 

 この世界のどこかに、『イタギリ』という名の街がある。そこには様々な人々が流れ着く。脛に傷持つ者。犯罪者やホームレス。女衒をシノギとするやくざ者と売春婦。公権力ですら踏み込む事をためらう様な、半ば無法地帯と化した街。いや、国が敷いた法以外のルールによって人々が生きる街。狭い土地に人口が増えるに従って建物は増改築が繰り返され、入り組んだ路地は更に闇を深くする。暗く、閉ざされた街の風景は、そこで暮らす人々の「先の見えなさ」にも似ている。

 そんな街でも、人は生きて行く。呼吸し、食事し、排泄し、ゴミを出し、のたうつ様に生き足掻き、やがて死ぬ。ゴミは誰かが集めなければ街に溢れる。遺体も誰かが弔わなければ腐り果てていく。だからそれを生業とする人間がいる事もまた必然なのだろう。そして、そんな街で生まれた少年が、それらの汚れ仕事をして生計を立てねばならない事もまた、同じ様に必然だったのかもしれない。

 毎日毎日ゴミを集める。遺体=ロクを火葬する為に焼却炉に運び、焼き上がった骨を川に流す。次の一日の始まり。またゴミを集める。ロクを焼いて骨を川に流す。その繰り返しで稼げる金は、生きる事に倦んだ酒浸りの父親と二人で日々を生きる為に消えて行く。

 その貧困の中で、少年は少女に出会う。可憐な『物売り』の少女。しかし少年は知っているし、イタギリの誰もが知っている。彼女の本当の売り物が、似顔絵描きなどでは無い事を。彼女が春を売って暮らしているという事を。そして、そんな少女はこの街に掃いて捨てる程いるという事も。

 イタギリという街において、少年と少女が置かれた境遇は、大袈裟に嘆き悲しむ事が許される程のものではないのだろう。ありふれた貧困とありふれた不幸。けれど二人の出会いは、やがて彼等の日常を壊す事件に繋がって行く。

 この作品をどう読むのか。第23回日本ホラー小説大賞〈優秀賞〉受賞作として見れば、ホラー小説ではあるのだろうし、『究極の恋愛小説』というキャッチコピーの様に、恋愛小説でもあるのかもしれない。でも自分は思う。本作の主題はきっと、そうしたジャンル分けによって括る事が出来ない、境界線上に位置するのではないかと。

 題名で「絶望の街」と記される本作の舞台、イタギリが抱える猥雑さ。他に行き場の無い、脛に傷持つ者や、外の世界に馴染めなかった人々を飲み込んで膨れ上がった街。本作にもまたそんな街を舞台にする事でしか語り得なかった主題がある様に思う。既存の小説のジャンル分けの中に綺麗に収める事が出来なかった物語は、他に居場所を見いだせずにイタギリに流れ着いた人々の姿とも重なる。

 本作はきっと、生まれる場所も、親も選べなかった少年が、自分の意志でもう一度『生まれ直す』物語だ。

 自ら望んで街の外から流れて来た訳ではない。絶望の街で生まれた少年は、過酷な環境の中で今を生きる事に精一杯だった。将来や、夢や、未来への展望なんて無い。その日その日を生きる為に働く事、暴力と貧困に耐える事=生きる事そのものに耐える事が全てだったし、それが普通だった。しかし少女と出会った事で初めて、少年は自分の中にも夢が、望みが、願いが、或いは祈りがあった事に気付いて行く。

 望むべき未来。或いは夢。または淡い恋心。それらを手に入れる為に、叶える為に、少年は自分の足で歩いて行く事を選ぶ。その困難な道程を描き出そうとする時、必要とされた街の姿。それが少年を生み、育て、時に縛り付けたイタギリという街だったのだろうと思う。

 自分の意志で生き方を選ぶ事。自分の足で目的地へ向かう事。何かを掴む事。願いを叶える事。ここではないどこかへ至る事。自分を捕らえて離さない街と対峙する事。この世界と対峙する事。きっとそれがもう一度生まれ直すという事で、その少年の物語はこれからも続いて行くのだろうと思う。本作を読んだ読者の中で。少年の物語として。そして、自分達の物語として。


 ※注
 この感想は、角川書店様の無料読者モニター企画によって、同作品の発売前に戴いた冊子の内容を元にしています。
 同企画に寄せられた本作の感想の一部は下記URLで公開されています。

 角川書店 無料読者モニター募集&感想・レビュー
 第69回モニター 坊木椎哉『きみといたい、朽ち果てるまで 〜絶望の街イタギリにて〜』

 今回の感想は、上記読者モニター企画に投稿した感想文に加筆修正の上、公開しました。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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