孤独に屹立する皇帝というあり方・上遠野浩平『螺旋のエンペロイダー Spin4.』

 

 現実の世界では、ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ合衆国大統領に就任した。「自分が言いたい事は相手が誰であろうがはっきりと言わせてもらう」とでも言うかの様な彼の姿勢は敵を作り易いのだろうが、就任時既に世論調査での支持率が40%、しかも不支持率は52%という事で、「だったら何で当選したんだよ」という話ではある。(トランプ氏自身は世論調査の結果はメディアの不正操作であると断じている)

 結局は対立候補のヒラリー・クリントン氏も嫌われ者であって、トランプ氏と「どちらがよりマシな方か」というババ抜きの様な選挙戦が行われた結果、首尾よく勝ちを拾ったのがトランプ氏だったのであろうという事は分かる。しかし、各党で行われた予備選挙の時点では泡沫候補も含めて(そもそもトランプ氏自身もその泡沫候補と目されていた筈だったのだが)多数の候補者がいた訳で、その中で勝ち残ったのがどちらも嫌われ者の二人だったと言うのだから不思議な話だ。泡沫だからといって、どこぞの不気味な泡よろしく自動的に浮かび上がってきたという訳でもあるまいに。

 人の上に立つ事になる人物がどの様にして歴史の表舞台に姿を現すのか。それを紐解いてみるとなかなか興味深いものがある。もちろん本人の意志もあったのだろう。しかしながら、中には運命の悪戯としか言い様がない道筋を辿って来た結果、気が付いたら権力者として祀り上げられていたという人物や、傀儡政権の長として自分でもどうにもならない内に「何だか形だけは偉い」という事にされてしまって、結局はああだこうだと他人の都合に引き回されながら不自由な籠の鳥として一生を終えた人物もいるだろう。

 よく典型的な独裁者として引き合いに出される『総統』アドルフ・ヒトラーその人も、元々は税務署で公務に就いていた父を持つ平凡な人間だったという。学業成績も思わしくなく、画家を志すもウィーン美術アカデミーの入学試験に落第し、その後建築家を目指してはどうかという助言を受けるも低学歴故にその道も絶たれた。ヒトラーがやがて総統となり、反ユダヤ主義を掲げる事を知る自分達からすれば、「この時大人しく画家か建築家になってくれていれば」と思わずにはいられないが、ではヒトラーが画家になり、その後通信兵として戦地に赴く事もなく、総統にもならなかった未来があったとして、そこでは反ユダヤ主義も虐殺も無かったのかと言われると、誰か別の、しかしヒトラーと似た経歴を持つ人間が、彼と同じ様な立場に祀り上げられて似た様な道を突き進んで行く事になったのではないかという気もする。

 人は自分が選んだから今の様な姿になったのか、それとも自分でも与り知らぬ力(=主に他人の都合)に引き回される様にここまで連れて来られてしまったのか。それは人によって様々なのではないかと思うが、自分の自由になるものよりも、自由にならないものの方が圧倒的に多いこの世界の中にあって、何もかも自分で選び取り、勝ち取り、掴み取ってきたのだと胸を張って言える人物がどれだけいるだろうかと思う。

 自分の意思決定にも常に何らかの外的要因の影響はあって、それを無視する事は出来ない。もしも本当に、外的要因からの影響を受けず、何もかもを自分の意志のみで決定し、皇帝の様に世界に君臨する=孤独に立つ者がいるとすれば、彼は恐らく世界を超越しているのではなく、世界から切り離されている。そういう立場に立たされてしまっている。もしも自分が同じ様な立場に立たされたとすれば、自分もまた彼の様に首を竦めるしかないのかもしれない。

 世界は自分の思い通りにならない。こう言ってしまえば、本当に何もかも思い通りにならないものに囲まれて自分達は生きている。その中で、唯一思い通りに変えられるものがもしあるのだとすれば、それは自分の内心だけだ。変わらない世界を受け止める側の「気の持ち方」が変われば、そこに映る世界は多少変わって見える事もあるだろう。価値観を変える事。自分の心のあり方を見つめ直す事……まあこんな風に書くと、それは途端に胡散臭い自己啓発の類に堕してしまう訳だが、自分達に出来る事は、精々その程度という気もする。

 では翻って自分は、そんな皇帝の様な心を持てるのか、持ちたいのか、と言われると、そんな超越した、超然とした場所に一人で立っている自分というものもまた、想像し難いものがある。時間が止まった様な場所で、静止した世界に囲まれて、やれやれと周囲を見回している自分。そんなものを想像するよりも、やはり周囲からの波風に揺らされて右往左往している自分の方が想像するに易い。『敗者の安寧』という言葉が一瞬頭を過るが、では『勝者の孤独』を背負って一人立つ事と、あれこれ思い悩みながら揺れる生き方のどちらがより辛いかと考えると、その答えは容易には導き出せないのだった。そもそも何が『勝利』で何が『敗北』なのかという事も含めて。

 こうして確固たる価値観を見出す事もなく、何かの結論に至る事もなく、自分はまだ揺れている。その揺れが止まる時は来るのか、来ないのか。それさえもまだ分からないままで。

 (そもそも皇帝の様なあり方ってのは勝者なんですかね、敗者なんですかね)
 (それを後世の歴史家に判断してもらえる程、自分は大した存在じゃないしね)

 BGM “Open The Door” by Ryuichi Sakamoto

 

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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