遠く彼方に離れても、通じ合うもの・牧野圭祐『月とライカと吸血姫 2』

 

 1巻が単巻としてとても綺麗にまとまっているので、その続編である2巻はどの様に物語を膨らませて来るのだろうと思っていたのだけれど、読み終えてみればなるほど、と納得するしかない完成度の高さで舌を巻いている。

 前作と同じ様に本作もまた、史実としての宇宙開発競争をベースにレフとイリナという二人の主人公の物語を描き出す。不器用に、でも確かに互いを想い合う二人の距離は、物理的にも精神的にも引き離されて行く事になるのだが、その困難を二人がどう乗り越えていくのかという過程をやきもきしながら追って行く内に、本作はもっと大きなテーマにも迫って行く事になる。

 夢を追う事。夢を叶える事。そして、ひとつの夢を叶えた先に待っているものの重さ。

 現実に世界初の有人宇宙飛行に成功した宇宙飛行士、ユーリ・ガガーリン。彼が語ったとされる言葉や、その偉業は多くの人々が知るところだ。でも実際に、ひとりの人間として彼がどんな人物だったのかという事を、少なくとも自分はほとんど知らない。彼がどんなものを好み、仲間とどんな事を語り、そしてどんな人を愛したのか。どんな幼少期を過ごし、なぜ宇宙飛行士になる事を志したのか。宇宙の高みから地球を見下ろした時に、どんな事を思ったのか。

 国家という大きな枠組みは、個人の、或いは人類の夢を叶える為の善意だけで動く事は無い。ひとりの英雄を生み出す為に支払われたものの重さを考える時、英雄となった者がそれと釣り合うだけの重さを背負う事を求められたのだろう事は想像に難くない。
 英雄となったその人にしか分からない重圧。そこに秘められた思い。そうしたものを想像する時、本作を通してその一端に思いを馳せる事が出来る様な気がする。

 本作で『人類初の宇宙飛行士』を目指すレフ。そして、その影の様に扱われる吸血鬼、イリナ。人類初の偉業である有人宇宙飛行の成功と、英雄の誕生を欲する国家。それぞれの思いは複雑に絡み合う。そして英雄になる者は、個人の願望よりも、等身大の自分である事よりも、他の人々が望む英雄の姿を体現する偶像である事を求められるという事実。またそれを分かっていながら、個人に国家の威信を背負わせてしまう時代背景と社会構造が抱える虚しさ。

 現代の日本に住む自分達が過去を振り返るならば、当時の国家間の対立や、他民族への差別感情といった負の感情を越えて、素直に人類史に残る偉業を達成した宇宙飛行士を称える気持ちを持てるかもしれない。しかし、当時の時代の流れの中では、素直にそうできない人々もいた筈だ。競争に負けたと感じ、他国の成功に歯噛みした人もいるだろう。自国民の、自民族の誇りを汚された様に感じた人もいただろう。そして現代を生きる自分達は、まだどこかでその影を引き摺っている。

 北朝鮮は弾道ミサイルを打ち上げ、核兵器をちらつかせて交渉を要求して来る。拉致問題も解決の兆しが見えない。韓国とは従軍慰安婦問題を巡る反日感情と、それに対する反発という対立が打ち消せないままだ。中国とは尖閣諸島を巡る領有権問題等がある。「隣国と関係が良好な国家はほとんど無く、皆何かしらの摩擦を抱えているものだ」とは言うが、現実でもネット上でも公然とヘイト的な発言が行われる昨今、これでいいのか、という思いは尽きない。

 もちろん、良くはない。ただ、乗り越えなければならない壁、埋めなければならない溝が余りにも多過ぎる。溜息が出る程に、多過ぎる。

 自分は本作に希望を見る。そしてその事に、フィクションの中に希望を探してしまう現実に嘆息し、俯く。

 やがて本当の宇宙時代が来て、全ての人が宇宙から地球の姿を見る事が出来ればいいのにと思う。誰かの体験談や、人工衛星から撮影された映像ではなくて、自分の目でこの星の外側から地上を眺める機会があればいいのにと願う。ロケットでも軌道エレベーターでも何でもいい。自分達の間に横たわっている溝が些細なものに思える程の距離まで遠ざかる事が出来る手段があればいいのに。引いて見る手段があればいいのに。

 実際にその時が来たとして、自分達が変われるのかどうかは分からない。もしかすると次の時代が訪れても、自分達は相も変わらず差別感情に立脚し、他人を見下して優越感に浸ったりしているのかもしれない。対立は対立のまま残されるのかもしれず、宇宙に進出すれば進出したで、今度は宇宙と地球の対立なんていう新しい対立軸が生まれるだけなのかもしれない。

 でも、はっきりしているのは、今のままは嫌なんだという事だ。

 自分達がどこに行くにしろ、どこに流されるにしろ、その行き着く先が何の進歩もない場所であって欲しくはない。相も変わらず憎しみ合い差別し合い、いがみ合い牽制し合い殺し合い、閉塞感や『生き苦しさ』を感じていたくはない。

 そう願う事が、過ぎた願いなのかどうか。解決の糸口は無いのか。

 そういう見方で本作を読む時、ここにある希望がいつか現実になって欲しいと、自分は願わずにはいられなかった。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon