本当の欲が目に見えるのなら・河野裕『最良の嘘の最後のひと言』

 

 実在の企業で言えばGoogle的な大企業であるハルウィン社が「4月1日に年収8000万で超能力者を一人採用する」と告知する。ジョークだろうと思われていたその企画は実在し、最終選考に残った7人の自称超能力者達は一通の採用通知書を奪い合う最終試験に臨む事になる。試験期間は3月31日の18時から24時まで。採用条件は、一通しか存在しない採用通知書を手にして、試験終了1時間前に居場所が開示される採用担当の係員に手渡す事。その為に試験開始時にナンバー1の参加者が手にしている採用通知書を、他の6人の受験者達は何らかの手段で奪い取らなくてはならない。

 自称超能力者達の騙し合い。それも年収8000万という具体的な数字が示された、大いに『欲』が絡んだあらすじを読むと、何だかどろどろとした闇の中で腹黒い登場人物達が己の欲の為に他者を蹴落とそうとする嫌な物語を想像してしまうが、本作の何が『嘘』かと言って、その第一印象が既に作者の嘘に嵌っていると言える。少なくとも自分はすっかり騙されたクチだ。

 こうした小説の感想を書こうとすると、何を書いてもネタバレに繋がりそうで迂闊な事は書けないのがもどかしいのだけれど、本作は登場人物達の騙し合いや駆け引きがメインになる物語を描きながらも、作者が『サクラダリセット』で見せた様な、超能力者という存在(もちろんそれは架空の存在なのだけれど)に対する、慈しみにも似た透明感を持っている。

 超能力というものが実在し、超能力者という存在がいるのだと仮定して考えてみる。その時に「他人にはない特別な(それも多くの場合便利な)力が備わっているなんて羨ましい」という風にポジティブに考える人と、自分の様に後ろ向きな事を考えるタイプの人がいるのだろうと思う。後ろ向きな事、というのは具体的にどんな事かと言うと、それは超能力者が持っているであろう「自分が見えている世界や、自分が感じているものを他者と共有できない」というある種の断絶というか、孤独感を指す。

 自分の考えを相手に届けるタイプのテレパシーなら別なのかもしれないが、超能力とされる力は他の大多数の他者と共有する事が出来ない。だから『超』能力なのであって、技術として確立されていないから第三者が模倣する事も出来ないし、科学的に実証されている訳ではないから超能力者以外の人間には再現出来ない。現実にも透視だったり千里眼だったり、ある種の霊媒の様な能力だったりを持っていると自称する人々はいて、行方不明者の捜索等で警察に協力している、という類のテレビ番組がたまに放送されるが、彼等にしても100%の的中率で物事を言い当てる訳ではなく、全ての事件を解決できる訳でもないから、どこか胡散臭さを持って受け止められている所がある。「超能力なんていうものの存在自体を自分は信じないよ」という人も多いだろう。

 話が若干逸れたが、仮に超能力者という存在がいるとして、或いは自分が超能力者だったらと仮定して、でもいいけれど、そう仮定した時に彼等が何を思うのかと考えると、それはやはりある種の孤独感なのではないかと思う。自分が持っている力を通して見えている世界の有り様を、決して他者と共有できない事。でもそれは、よく考えてみれば自分達の様な「普通の人間」であっても日々感じている事だ。

 他者からの理解や共感が得られない事。自分の気持ちを、相手に上手く伝えられない事。誤解が生じる事。無理解から生まれる誹謗中傷の類。気持ちや価値観のすれ違い。孤独感。寂しさ。或いは『生き苦しさ』。

 そうした感情の機微をとらえて物語にしようとする時、超能力者という架空の存在を通して表現しようとするのは有効なのではないかと思う。「例え話」と言えば良いのか、仏教的に言えば「方便」というものがあるが、ある種の寓話の様に、誇張された表現を通じて真に迫る事を目指す様なやり方がある。本作はエンタメとして読む事も出来るというか、事実エンタメ小説として書かれているのだろうけれど、自分がその中から感じ取るのは、『サクラダリセット』がそうだった様に、登場人物達の感情の揺れ動きの方であり、超能力者という架空の存在を描く事で、現実の自分達の抱えているものに光をあてようとする行為の方なのだろう。

 本作の登場人物達が望むものは大企業への就職によって得られる多額の報酬なのか、それとも別の何かなのか。何が嘘で、何が真実か。自分達が抱えている『欲』は、金銭によって満たされるものなのかどうか。自分達が抱えている『欲』がもし目に見えるものだったとすれば、その欲が本当に向いている先には何があるのか。読者は、この物語から何を感じるのだろう。

 

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ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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