この世界と対峙する為に・河野裕 河端ジュン一『ウォーター&ビスケットのテーマ1 コンビニを巡る戦争』

 

 ……一応まだ、生きております。

 8月がループし続ける街で、まるでゲームの特殊能力の様な力を身に付けた登場人物達が、ゲーム内のポイントと所属チームの領土を奪い合う為に殺し合いをする。本作は大枠ではそんな話だ。

 異世界転生もの、というのがひとつのジャンルとして確立しつつある中で、本作は異世界という程特異な世界ではないが、かといって現実でもない、ゲームのルールによって支配された街の中で生存競争をする物語となっている。『コンビニを巡る戦争』とは食料等の物資が補給できる拠点の取り合いをするこのゲームを端的に表現した言葉でもある。

 自分は、異世界転生ものには何種類かのパターンがある様に思う。ひとつはいわゆる『強くてニューゲーム』式の転生ものだ。
現代の知識を持って異世界に行く事で、進んだ知識や経験、歴史認識等を使って異世界の住人を出し抜いていく話。或いは銃器が存在しない世界に銃を持ち込んだり、転生者としての優れた特殊能力を付与されたりする様な、「有利な条件で転生する」物語がそれだ。

 もうひとつは『強くてニューゲーム』式とは異なり、何らかのハンデを背負わされて一見不利な条件で異世界に投げ出されるタイプの物語で、主人公は己の知恵や仲間の協力で異世界を渡って行く事になる。

 ただ大別すると、両者とも『現実世界とは異なるルールが支配する異世界でどう生き残るか』という大枠に入れる事が出来るのではないかと思う。

 大抵の場合、ゲームに勝つ=異世界で生き延びる方法は、いち早く新しい世界のルールを把握し、その中で自分を強くする方法だ。つまりルールに精通し、順応する事だ。
 ただ、この方法にはひとつ問題がある。それは、異世界のルールを司る神の様な、或いはTRPGで言うゲームマスターの様な、「ルールそれ自体を司る存在」が現れた場合、そのゲームのプレイヤー或いは盤上の駒である主人公には勝つ術がないという事だ。

 これは何も難しい話ではなく、「(長期的には)賭け事で賭博師は胴元に勝つ事は出来ない」というのと同じだ。1回のまぐれ勝ちで勝ち逃げするならともかく、賭け事は何回も繰り返せば一定の確率に収束する訳だから、胴元が設定した払戻率以上の勝ちを得る事は出来ない。同様にルールの中でどれだけ努力しようと、ルールを作る側に勝つ事は出来ない。ゲームの中でどんなにレベルを上げて万能のキャラクターに近付こうと、そのゲームの中で出来ない行動は許されないのと同じだ。

 そんな「自分以外の誰かが作るルールで規定された世界」の中で、ルールの作成者にすら勝とうと目論むのなら、まさに本作の帯にある様に『ルールの向こう側に辿り着かねばならない』のだろう。そして本作の主人公である香屋歩もまた、その困難な道を選択する事になる。ゲームに勝つ為にルールに精通するのではなく、世界と戦う為にルールの向こう側に辿り着こうとする事を選ぶ。

 ゲームに精通する物語には手本が数多い。MMORPG的な世界観を下敷きにする事も出来るし、チート的な強さを誇る規格外のキャラクターというものも、ベースになるルールがあり、その大枠のルールに則っているからこそ「逸脱」として描き出せる部分がある。それとは異なり、ルールの向こう側に辿り着こうとする主人公を描こうとすれば、一度強固なルールを持つ世界観を構築しておいて、そのルールの盲点を突かせる様な発想の転換が必要になる。

 他のプレイヤーを直接攻撃する様な能力。身体能力を強化する能力。索敵能力。そういった「ルール内で競う為に有用な能力」ではなく、オリジナルの能力を構築する事で本作の主人公は世界のルールとゲームマスターに対峙する。そうしなければ得られないものを手にする為に。それは現実にも同じ事が言える。

 この現実世界もまた、自分以外の誰かが決めたルールによってその大半が作られている。単純に憲法や法律といった決まり事もそうだし、経済という枠組みの中で金を稼ぐ為に仕事をするのもそうだ。誰かが決めたルールや、過去の成功体験に則った仕組みを踏襲する事で自分達は生きている。そのルールに精通し、ゲームの枠組みの中でポイントを稼ごうとして日々頑張っている。それはそれで無駄じゃないし、間違ってもいない。現代社会で生き残っているルールとは、それなりの実績があり、確実性があり、有用だからこれまで生き残って来たのだ。その中で努力する事は正しい事だ。ただもしも、今の社会秩序やルールを守っていたのでは得られない程の成果を掴もうとするならば、ルールの向こう側を目指すか、自分自身がルールに手出し出来る立場になるしかない。

 政治家を目指す様な人はきっと今の世界に飽き足らないのだろうと思う。だからルールを規定する側にまわりたい。世界をより良くする為に。しかしその政治の世界にも様々なルールがあって、今度はそちらのルールに絡め取られる事になる。ルールの向こう側は簡単には見えないし、辿り着けない。ただ世界と対峙するというのはきっとそういう事で、だからこそ難しい。例えばそれは少年の頃に持っていた世の中に対する疑問や不満を抱えたまま、その気持ちを殺さずに持ち続けようとする様な事だ。大人になりきれないまま大人をやり続ける様な切実さだ。

 自分の様な、ルールの中で行われる競争に振り落とされそうになっている人間が言う事ではないが、これから世界と対峙する若い人達にこそ、本作を読んでみて欲しい。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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