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自分達がこの国を喪う時 ヴィエト・タン・ウェン:編 山田文:訳『ザ・ディスプレイスト: 難民作家18人の自分と家族の物語』

 

 『難民』と呼ばれる人々がいる。

 難民と聞いて自分が真っ先に思い浮かべるのは、戦争や紛争によって故郷を追われた人々だ。生き延びる為に幾度も国境を越え、自分達を受け入れてくれる場所を、国を求めて歩き続ける人々だ。

 明日の事は分からない。どこに辿り着く為の道行きなのかも判然としない。今日の糧を、雨風を凌げる屋根を求めて、彼等は歩く。帰る家もなく、行くあてもない。行く先々で「よそ者」のレッテルを貼られ、どこかに根付こうとすればその度に小突き回される。「よそ者」が自分達の仕事を、富を奪いやがる。そんな風に恨まれて。国に帰れ。お前らが元々いた国に帰れよ。俺たち「この国の人間」に迷惑を掛けるんじゃねぇ。訳の分からん言葉を話すんじゃねぇ。違う神を信じるんじゃねぇ。群れるな。ここに居着こうとするな。目障りだ。出て行け。この「俺達の国」から出てけよ。

 そんな風に言われて、悔しくて、俯いて。本当は顔を上げ、相手を睨んで何か言い返してやりたくても、それすら許されない空気の中、喉元まで込み上げる叫び声を飲み込んで、振り上げる事が許されない拳を固く握ったまま、誰とも握手する事が出来ないその固く閉じられた手をポケットに押し込んで、また歩き出さなければならない。自分達は何も好き好んで国を出た訳じゃない。もう帰る場所は無いんだっていう事を、何で誰も分かってくれようとはしないんだ。そんな理不尽さと、世界の狭量さだけを道連れにして、また旅は続く。望まない旅が。

 けれどこんな自分の想像は、『難民』の一側面に過ぎない。本著を読むと、その事が分かる。

 一度難民になり国を追われた人々は、新しい場所で生活基盤を得たとしても、世代を重ね二世、三世になったとしても、やはりどこか難民としての影を引き摺ったままなのかもしれない。

 ルーツが違う。文化が違う。人種が、肌の色が、信仰のあり方が違う。話す言葉が違う。名前の聞き慣れない響き。夕餉の匂いの違い。様々な違いが、異国では「よそ者」の烙印になる。ではそれらを捨てて、行き着いた先の国に住む市民として同化して行けば良いのか。物事はそれ程単純ではないと思う。

 自分は思う。例えば日本人は、いや自分は時に「よそ者」を恐れ、避けようとしたり排除したりしようとするけれども、その恐れの源になっているのは、作られた「よそ者」のイメージなのであって、自分自身は実際に彼等と対面した事などほとんど無いのではないか。彼等の存在を無視し、目を逸らし、彼等を「そこに居ないもの」として扱いつつ、一方で思い込みに近い恐れだけを抱いているのではないだろうか。

 この国に少しずつ増えている異国から来た労働者に対する態度にしてもそれは同じ事で、この国は彼等を「労働力としては歓迎するけれども、この国で存在感を増す事は許さないし日本的な価値観に背く事も許さない」という歪な立ち位置に追いやろうとしているのではないか。外国人技能実習生だとか大層な呼び名で人集めをしておいて、実際は最低賃金で単純労働に従事させている例を知っているが、その行為がこの国の国際的な信用を失墜させているとは思わないのだろうか。

 もしも、この国が国策として海外から労働者を集める一方で、彼等を文化的には受け入れず、居場所も与えず、「よそ者」として処遇するならば、彼等は『難民』と呼ばれる人々と同じ様な孤独に突き落とされるのではないだろうか。そして最後にはこの国を憎んで去って行くのではないか。そんな気がする。

 自分が知っている外国人技能実習生の女性達は、タイからやって来て、製造業で働いていた。会社が借りたアパートで同じ実習生の仲間と共同生活し、日本人の正社員と何ら変わらないシフトで働く。それでも賃金は最低賃金だった。その環境に異を唱えるならば、彼女達は国に帰らなければならない。「嫌なら、不満があるなら辞めて出て行け」と言う人は多いだろう。技能実習生は難民じゃない。彼女達には帰れる祖国があり、好きで日本に「出稼ぎ」に来たのだからと。でも、日本人労働者が足りなくて、技能実習生を最低賃金で働かせる事で穴埋めをしているにしては、それは随分と横柄な態度ではないだろうか。

 難民を排斥する狭量さと、外国人労働者を冷遇する横柄さとは、等しく「よそ者」に対する恐れから来ているのではないかと思う事がある。彼等がこの国の中で数を増やして行く事への恐れ。日本という国が新興国に追い抜かれて行き、立場を失う事への恐れ。その一方で、彼等を頼らなければならない事への焦り。そうしたものからまた歪な愛国心や排外主義が育って行く悪循環がある。

 日本とは、そんな国だったか。そんな国になって良いのか。

 排外主義がこれまでの日本人の価値観に取って代わる日が来るのなら、それはもう自分が知る、自分が育った国とは呼べないのではないだろうか。その時が来たら、この国の中にあって、自分達は国を喪い、『難民』になるのかもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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