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大切なことは言葉にならないのだとしても・岸政彦『断片的なものの社会学』

 

 社会学、というものを自分はよく知らない。
 Wikipediaによれば社会学とは『社会現象の実態や、現象の起こる原因に関するメカニズム(因果関係)を統計・データなどを用いて分析することで解明する学問である』と書かれている。これも、ただこの一文を読んでみるだけだとわかる様で、わからない。

 本著は更に、社会学者である筆者が、人々の語りを聞き取る中で『分析も解釈もできない』と思える様な断片的なことを集めて書かれたものだとされる。
 分析したり、解釈したり、整理したりといった事は、物事を理解する上で、そして学問として整理されて行く上では必要な事なのだろうと思う。でも、そこからはみ出してしまうもの、こぼれ落ちてしまうものもきっとあるのだろう。

 自分が理解していない学問について書かれているであろう本を手に取って、更にその内容が学問の範疇に収まらない断片なのだと言われると、全く理解不能な事が書いてあるのではないかと思って身構えてしまうが、では何で自分がこの本を読んでみようと思ったかというと、それはたまたまSNS上で本著の紹介文を見て、とても共感できる部分があったからだ。引用すると長くなってしまうので要約するけれど、それはこんな内容だった。


 ある男性と女性が結婚する時、自分達は二人を祝福するだろうけれど、その祝福は「好きな異性と結ばれる事は幸せな事だ」という自分達の中の一方的な価値観から生じるのであって、そうして二人を祝福するという事の裏側には、「好きな異性と結ばれていない人々は、不幸せであるか、少なくとも結婚する二人程には幸せではないのだ」という意味が意図せず生まれてしまう。そうした価値観が社会の中に広く共有されている事は、単身者や、同性愛者にとってはある種の呪いになってしまわないか。


 自分はこの部分を読んで思ったのだけれど、誰かの幸せを祝う事が、その無邪気さが、悪気の無さが、それでも誰かを傷付けてしまう可能性を内包しているというのは、正直辛い。自分がしている事が悪い事なんだという自覚があれば、人はその行為を止めようとする事ができる。でも、自分が全くの善意でしている事が、それでも誰かを傷付ける事があるんだよ、と言われる時、その自分の善意に隠された、誰かを傷付けうる鋭さに気付けるかどうかと言われると、難しい。

 でも、そういうものなのだろうと思う。その事が、社会学という学問に馴染みがない自分にも、無理なく腑に落ちた。

 だから自分はこの本を読もうと思った。そして読み終えた今、社会学に対する理解が深まったかと言われると自信は無いけれど、少なくとも自分の中に存在しなかった、新たな視点というものをいくつか知る事ができたと思う。そして自分も同じ思いを抱いていた、という部分もいくつかあって、それが社会学者の中ではどの様な言葉を与えられているのか知る事ができたとも思う。

 自分の中に存在しない視点や価値観は、誰かの考えに触れてみないと理解する事が難しい。それを知る為の手段としても、本や言葉というものはあるのだろうと思う。

 そして、Twitterの方で少しだけ呟いたけれど、最近、米津玄師氏の『海の幽霊』を聴いた。その歌詞の中に『大切なことは言葉にならない』っていう「言葉」がある。
 そして同じ様にサン=テグジュペリの『星の王子さま』を読んでみると、そこには『大切なことは、目に見えない』と書いてある。 大切なことは、目に見えないし、言葉にならない。 そういうものを見付ける事は難しいし、もし見付けたとしても、自分以外の誰かと分かち合う事ができないかもしれない。だってそれは「目に見えないし、言葉で伝える事もできないなにか」なんだから。まだ名前も、形もないなにかなんだから。

 でも、そんな『大切なこと』を、自分の胸中だけじゃなく、他の誰かと分かち合いたいと願うから、歌詞や小説や、芸術作品というものは生み出されるのだし、作家や芸術家といった人々は、そうする事で、自分の胸の中にしか存在しない『大切なもの』を形にする事で『誰かと共有できるもの』にしたいと願うのだろう。

 もちろん、そうして生み出された作品を見てひとりひとりが感じる事はバラバラなのかもしれないし、すれ違いや誤解が生じるのも常なのだろうけれど、『大切なもの』を捕まえようとする人達をこそ、自分は大切に思いたい。

 だから社会学者である筆者が、その社会学の中での分析や解釈に当てはまらない『断片』を、敢えて集めて本にしたとすれば、もしかするとその中に、まだ言葉によって言い表す事ができない「大切なもの」があるのかもしれないと思える。
もっとも、それを見付けられるかどうかは自分にかかっているのだろうと思うけれど。

 

テーマ : **本の紹介**
ジャンル : 本・雑誌

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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