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綺麗事が現実になる、その日まで・根本聡一郎『宇宙船の落ちた町』

 

 書店に行くと、『郷土ゆかりの作家』を取り上げるコーナーがあったりする。自分は普段、あまりそうした郷土出身の著者による作品を読まないタイプなのだけれど、今回は違った。

 『宇宙船の落ちた町』というタイトル。帯には「どこを見ても刻まれている分断線に、生きづらさを感じる現代社会。」という一文がある。手に取ってみると、著者は福島県いわき市出身との事。自分は何か予感めいたものを感じて本著を購入した。
 買う予定の無かった本と『出会う』という体験が出来る。だから自分は書店に足を運ぶ。


 主人公の青砥佑太は、「宇多莉(うたり)町には何もない」と住民が揃って口にする様な田舎町で育った。だが14歳の夏、家の裏山で宇宙船の墜落を目撃した事で、彼の平凡な日常は終わりを告げる。

 宇宙船の墜落事故から10年後。宇宙船に乗っていたフーバー星人達は故郷へ帰る術もなく、次第に地球社会に溶け込んで行く。ただ、宇宙船墜落事故によって燃料=汚染物質が飛散した宇多莉には『危険区域』が設定され、住民は移住を余儀なくされていた。佑太もまた住み慣れた家を追われ、都市部で暮らし始める。高校へ進学し、大学を卒業したものの、これといった目的も無く、フリーターとして何とかその日暮らしをする佑太。その転機は突然訪れる。

 よく考えもせずに応募した、アイドルグループの握手会のスタッフとしての仕事。そのグループのトップアイドル、常盤木りさの『剥がし』役として彼女を間近に見る佑太に、他でもないりさから思いも寄らない言葉が投げ掛けられる。

 『宇多莉の方ですよね』
 『私を、宇多莉に連れてってください』

 りさの願いに動揺する佑太。帰れない故郷の事、墜落した宇宙船の事、宇宙人と地球人の間にある差別や偏見の事、そして自分自身の事。今まで目を逸らして来た事に、佑太は向き合う事になる。なぜりさは宇多莉に行きたいと願うのか。なぜ彼女は自分なんかを頼ったのか。そんな疑問を胸に抱いたままで。


 自分は福島県民だから言われなくても気付くし、そうでない人だってこのあらすじでピンと来るだろうけれど、この物語はエンタメ小説であり、ボーイミーツガールの物語であると同時に、現実に存在する様々な問題をフィクションに置き換える事で成立している。

 宇宙船の墜落事故は原発事故だ。だとすれば宇多莉町は福島第一原発が立地する大熊町や双葉町の事だろう。そして宇多莉町の住民が最初に避難するときわ市は、著者の出身地であるいわき市だ。宇宙人であるフーバー星人への差別や偏見は、原発事故から避難して来た人々への差別であり、外国人差別であり、生活保護受給者に代表される社会的弱者や少数派への差別でもある。

 自分達の社会は、様々な問題を抱えている。その問題に目を向ける事は大事だ。でも、原発事故や差別感情という『生の問題』を、そっくりそのまま、生のままで議論する事を、自分達はなぜか苦手としている。例えば戦争問題についてもそうだ。

 自分達が過去の戦争をどう受け止めて来たのかという事を考える時、夥しい数のアニメや漫画や映画、小説が思い浮かぶ。それは自分達が、過去の戦争をありのまま振り返って考え直す事を苦手として来た結果なのではないかと思う。

 虚構の物語に現実問題を投影するというワンクッションを挟む事で、ようやく自分達は戦争や差別や貧困という問題に向き合える様になるのではないだろうか。それは弱さや欠点、社会的な未熟さと呼ばれるものなのかもしれないけれど、だからこそ本作の様な物語が、まずは普通に物語として楽しまれれば良いなと自分は思う。

 例えば教科書的に『差別は良くない』と言われても響かない言葉が、物語の中で佑太やりさが感じる違和感や心の揺れ動きの中で、すっと読者である自分の心に入って来る瞬間がある。外国人差別という生々しい問題が「『宇宙人』『インベーダー』という言葉が差別用語になる一方、インベーダーゲームが取締対象とされて徹底的に回収された結果、逆に違法ダウンロードで大ブームになる」なんていう、いかにもありそうなエピソードに置き換えられる事で見えてくるものがある。そういう『物語化』が持つ力を借りた上で、現実を生きる自分達は、自分達が抱えている社会問題にようやく気付き、向き合う事が出来る様になる。

 現実に横たわる差別や偏見は根深い。戦争と同じ様に、人類史からそれらが消え失せた事はない。現実は物語の様にハッピーエンドを迎えない。そんな事は誰でも知っている。自分だって、他の読者だって、作者だって知っている。それでもなお、作者がこうした物語を紡ぎ、読者である自分がそれを読んだ上で願うのは、きっとこういう事だ。

 世界は、社会は、綺麗事で出来てはいない。だから綺麗事の方を信じるんだ。

 そう思わない事には、現実は少しもその綺麗事の方に近付いて行けない。

 本著の帯にある様に、現代社会にはそこかしこに分断線が引かれている。こんなもの誰が引いたのかと思うけれど、そんなの『自分達が引いた』に決まっている。他に誰が自分達の心に分断線を引けるだろうか。

 誰かが最初に線を引く。それを後に続く自分達が無意識に、無邪気に、悪気もなくなぞってより深い線にして行く。消えない線にして行く。それが続けば、その線はやがて谷にもなる。乗り越えられない断崖絶壁にだってなる。自分達はそんな社会が望みなんだろうか。

 世界は綺麗事で出来てはいない。だから本著を読んだとしても、すぐに分断線が消えてなくなる事はない。自分達がその線を自由に踏み越えて行き来する様な理想は、すぐには実現しない。いつかは実現するのかも分からない。自分達は相変わらずあっちこっちに線を引きまくって、その枠の中に引きこもって暮らす事を選び続けるのかもしれない。

 だから思う。本作の様な綺麗事が、綺麗な物語が、もっと世の中に溢れればいい。
 自分達が地面に引かれた線ではなく、そんな物語の方を見上げられる様になるまで。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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