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全ての、夢を追う人へ・逸木裕『電気じかけのクジラは歌う』

 

 ある作品について語る時に、他の作品を引き合いに出すのは不誠実かなと思うので、普段は意識して避けているのですが、本作は先日感想を書いた野崎まど氏の『タイタン』とどうしても重なるテーマがあるので、両者を対比させながら書きたいと思います。

 『タイタン』は2205年の未来、人間がAIに全ての仕事と創作の大部分を任せてしまった世界が舞台でした。本作は現実がそこに至るまでの過程で必ず起こるだろう『AIに居場所を奪われて行く人間』の葛藤を描いています。


 AIがユーザーの好みに合わせて作曲をするアプリ『Jing(ジング)』が普及し、作曲家は次第に職を追われる様になった。そして作曲家の代わりに、Jingに人間の嗜好を学習させる為の『検査員』と呼ばれる職種が生まれる。
 元作曲家であり、現在は検査員として働く岡部の元に、かつては同じユニットで共に演奏していた現役作曲家の名塚が自殺したという知らせが入る。Jingの普及で作曲を諦める者が増え続ける中で、天才的な作曲家として高い評価を受けていた名塚。彼はなぜ自殺しなければならなかったのか。その真相を追う中で、岡部はもう一度作曲に向き合う事になる。


 本作はミステリー小説で、物語の本筋としては天才作曲家の自殺の真相を突き止める事が目的なのですが、作中で扱われている『音楽とは何か』『創作とは何か』というテーマが非常に重く、熱を持って描かれていて、作曲に限らず創作全般に携わる人々や、演奏家等の自分の技術を磨き上げて行く道に進んでいる人達に対しては鋭く突き刺さって来る作品になっています。

 例えば創作をしていて『自分の能力の限界』を思い知らされる事はあると思うのですが、現在はまだ人間対人間だと思います。上を見れば自分よりももっと凄い作品を発表している人がいて、彼等と比べて自分はなぜこんなにできないのかと実力の差を思い知らされる。悔しさがあり、嫉妬がある。時に相手を憎む事すらある。でもそれがAIに置き換わった時に起こる事は、創作というものにもっと大きな影響を与える様な気がします。

 まず自分が怖いなと思ったのは『AIが人間の創作の場を奪って行く未来』というのは、意外と早く来てしまうのかなという事です。

 本作は2019年8月に刊行されたそうなのですが、思い返せばそれから美空ひばりAIが新曲を歌ったり、手塚治虫AIが新作漫画を発表したりという事がありました。今はまだ技術発展の途上だとしても、AIが人間の創作の場を奪って行く未来というのは絵空事ではないかもしれない。AIが人間から学んだり、人間をライバルにして切磋琢磨したりしている間はいいかもしれないけれど、やがてAIが人間を凌駕する時、人間が創作する意味というのは壊れてしまうかもしれない。

 一番恐ろしいのは、AIが人間を凌駕する事もそうですが、突き詰めれば『創作物に作者が不要になる』事なんじゃないかと思います。

 特定の分野に限れば、AIの方が人間より高度な処理能力を持ったり、より良い結果を出力できたりする未来はすぐ訪れるだろうと思います。怖いのはそこではなくて、本作の様にユーザーがJingに自分の好みを学習させて、自分の為だけの音楽を出力して満足する様になるとすれば、まず他者が不要になります。

 誰もが自分で、自分の為に(AIを使って)作曲できるというのは、最大限好意的に見れば『皆が作曲家になる』事なのですが、悲観的に見れば「自分にとって心地よい音楽が聴けるなら、そこに作者や演奏家といった他者の思いは必要じゃない。むしろ邪魔だ」という事でもある。ずっと自分で自分の欲求を満たし続ける事が可能になって、他者の存在が雑音の様になるかもしれない。

 創作っていうのは詰まるところ『自己表現』だと自分は思います。

 中には自分というものを脇に置いて、読者や聴衆、市場が求める作品を職人的に作り続ける作者もいるのだろうと思いますが、それでも創作活動は自己表現であって、他者からの反応や評価が帰って来るから続けられるのだろうと思います。それがAI技術の発達によって、自分の想いを形にして世に出す事、自己表現や自己実現というものが市場から求められなくなった時に、それでも何かを表現したいと思える人がどれだけ残っているか。誰からも求められていないかもしれない『自分の作品』を発表しよう、作り続けようと思える人がいるのか。それを考えると怖いですね。

 「ずっと心地良い音楽を聴いていたい。でもそこに、あなたは必要ない」

 そういう未来が本当に来るのかもしれない。

 もっと言えば、作中でも描かれる様に、今後『自分の創作物を学習させたAIが、自分自身よりももっと優れた作品を出力できる様になる』とすると、ここにいる自分は『AIに素材を食わせる為に存在している人』になるのかもしれない。そこで「それでもこの作品は自分のものだ。AIは自分の創作の道具に過ぎないんだ」と思えるだろうか。そう思える人達だけが『作者』として残って行くのだろうかと考えると、複雑な気持ちになります。

 また、次に考えたのは『仕事』の事でした。

 『タイタン』では既に人間の仕事や創作の大部分をAIが肩代わりした後の世界が描かれていて、そこに至るまでに起こるであろう人間との軋轢は過去のものになっています。でも、本作では正に人間とAIというのはそのせめぎ合いの渦中にあります。

 『タイタン』のテーマは『仕事』でした。そして現代において、仕事とは『自分と夢とを繋ぐもの』でもあります。AIの成果物を消費するだけで生きて行ける社会はまだ遠く、自分達は仕事をして対価を得なければならない。そこで誰もが『夢か仕事か』という二者択一を迫られるのだと思います。それが嫌なら『夢を仕事にする』しかない。

 酷な言い方をすれば、大抵の場合『夢』っていうのはそれだけじゃ食えないんですよね。自分が若い頃もフリーターをしながら役者を目指す人や、バンドマンをしている人がいたけれど、食べて行く為のバイトと夢の間で板挟みになってしまっていた訳です。本当は一日中演技や音楽に浸っていたい。自分を高める為に全ての時間を費やしたい。でもそれは金にならないから、バイトもしなければならない。もしくは、夢に近い場所で働く事を選ぶしかない。写真家を目指す人が、フォトスタジオで働く様に。映画監督を目指す人が、撮影所で働く様に。

 でも、AIが人の生活を保証するよりも、創作そのものや、夢の周りにある仕事を人間から奪う方が先になってしまったら、きっと多くの人が『夢≒仕事』から引き剥がされて行くだろうなと思います。既に起きている部分もあるかもしれませんが。漫画なら、デジタル作画の普及はアシスタントの数を減らしているかもしれない。夢を叶える人の周りで、夢に手を伸ばそうとしている人達の居場所は、もう切り崩されているかもしれない。そうなると、生活を成り立たせる為に選ぶ仕事は、夢からどんどん遠ざかって行く事になる。夢を諦めなければならない人が増えて行く事になる。夢が人間から引き剥がされて行く事になる。

 そういうもろもろの『怖さ』が読者である自分に伝わるのは、本作がそれだけ『創作』というものを真摯に、熱を持って描いているからだと思います。面白いですよ。そして怖いし、痛い。優しい物語も好きですが、痛みを伴う物語も好きです。それだけ真剣だという事だから。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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