リセット願望

 デスクトップパソコンが壊れて起動しなくなったので、ネットブックで更新作業をしている。
 今まで使っていたパソコンからデータを引き継いだ訳ではないので、また一からアプリケーションソフトの導入等をやり直しているのだけれど、最初は面倒だった作業も慣れて来ると逆に面白くなって来た。

 パソコンのHDDの中身ってそれを使う人間に似てくる所があるのかもしれないけれど、自分の場合は古いデータとか、もう使わなくなったソフトとかも一応消さずにおいたりするので長く使えば使う程いらないデータが溜まり、結構雑然として来る。そういえば自分の部屋も片付けるの苦手だしな。それでも昔から学校とか職場とかは異常に整理するという変な奴だったのだけれど、多分自分に関係するもの程どうでもいいという感覚なんだろう。

 話が逸れた。昔、HDDの容量が60GBとか80GBだったりした頃は、使っているとやがて容量の限界が来るので不要なデータを消去する必要に迫られて、一応定期的にHDDの掃除をやっていたのだけれど、今はこの目の前にあるネットブックですらHDD容量は160GBある時代なので、そんなに定期清掃をする必要もなく、壊れたデスクトップのHDDには数年前のメール(それもショッピングサイトの広告等のどうでもいいメール)とかがそのまま残っている状態だった。

 自分の様な人間は『捨てる』という事が何故か出来ない。いや、テレビでよく見る『ゴミ屋敷』の住人程ではないけれど、基本的に買った本は売らないし捨てないのでどんどん溜まって行くし、かつては雑誌も捨てずに取っておいたのでそれだけで膨大な量だった。
 今では「それだと部屋がいつまでも片付かない」という事に気付いて、パソコン雑誌等、掲載されている情報が古くなって使えない様なものだけは資源ゴミに出したり、もう絶対に読む事が無いだろう書籍に限って泣く泣く古本屋に売ったり、若干努力する様になったのだけれどね。

 で、そういう捨てられない人間にとっては、それこそHDDが壊れるとか携帯が壊れてアドレス帳が全て消えるとかいった外的要因でもないと身の回りの環境をリセットする機会ってなかなか無いもんだよなと思う。パソコンが壊れて色々と不便な筈なのに、何だかちょっと楽しいというのは、このリセット感がちょっとした快感なのかもしれない。何せ自分では滅多にやらない事だし。

 本当はパソコンのデータに限らず、もう捨てたい、無しにしたいと思う物事が人間には多々あって、それを定期的にきちんと捨て去ってしまえる能力がある人は割合颯爽と生きているのではないかと思う。でも、自分の様にいつまでも後生大事に荷物を背負って行ってしまう様な奴は、それが重いとか愚痴はこぼすのだけれど、それを捨ててしまうっていう事が何故か出来ない。難儀だ。

 自分には出来ない事を平然とやってのける人を自分は尊敬する。
 自主制作アニメの先駆けとも言うべき、『ほしのこえ』を作った新海誠氏は、以前インタビューで「本は買って読むほう?」と聞かれてこう答えている。

 『買うほうですよ。昔はこれだけいっぱい読んだんだってことがうれしくて、ズラーッと本棚に並べたりもしてたんですよ。たとえばヘルマン・ヘッセを全部読んで、次はドフトエフスキーを読んでとかやってたんですけど、なんかよほどのことがない限り自分の中に残らなくて。3年ぐらい経つと読んだことすら忘れちゃうんですよ。(笑)だからいまではもう読んだら捨てますね。家にあると邪魔だから』(『雲のむこう、約束の場所 新海誠2002-2004』より引用)

 ここだけでもう自分は人として負けたと思った。(苦笑)いや、別に張り合うつもりはないのだけれど、率直に格好良い。
 しかし自分も昔は「綾波の様な部屋に住みたい」とか口にしていたにも関わらず、この本の山に囲まれた部屋はもう少しどうにかならないものだろうか。いや、自分がどうにもしない以上、どうにもなりようがない事はわかっているけれどね。

 せめてもう少しは物が減る様に、不要なものくらい捨ててしまえる技を身につけたい。自分の部屋からも、心の中からも。 

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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