あの頃兵士だった僕等は・桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

 人間が生きて行く上で絶対に必要なものとは何だろう。
 当然、空気と水と最低限の食料は絶対に必要だろうが、それは『生物』として絶対に必要な要素なのであって、『人間』として生きる上ではそれだけでは足りない。
 そんな贅沢な、と思われるかもしれないが、人間は他の生物の様に生存競争に打ち勝ち、生殖して子孫を遺すだけではない『何か』を常に必要としている。それは単なる生殖行為と人間の男女交際や恋愛感情との違いを見ても明らかだ。

 自分は思う。人間が生きる為に必要とするのは物語だ。それも外からやって来る物語ではなく、自分が、自らの為に作る物語だ。生きて行く理由、或いは動機や目的と言い換えてもいい。
 生まれた理由。生きている理由。生きて行く理由。とかく人間は理由や目的を必要とする生き物だ。男は特に。

 そんな中で、本作の登場人物達もまた、各々が各々の目的や動機によって生きている。生きるという事は社会や周囲の現状と対峙する事で、だから目的や動機は世界と対峙する為の武器とも言える。

 中学二年生の山田なぎさは家庭の事情から『実弾』=現金収入を得る為に高校進学ではなく自衛隊入隊を志望する。
 その兄の友彦は17歳だが、まるで防空壕や核シェルターに閉じこもって外界から己を守ろうとするかの様に、働かず部屋に引きこもる。そして浮世離れした暮らしの中で『貴族』或いは『神』の様な超然とした存在として生きている。
 転校生としてなぎさの同級生となった海野藻屑は「自分は人魚だ」という自ら作り上げた虚構=『砂糖菓子の弾丸』を信じる事によって自分の置かれた環境と戦っている。

 自分の経験から言って、中学二年生という年齢は無力だ。
 大人ではないが、無垢な子供の精神は既に過去のものになってしまっていて、社会の色々な事を大人が理解するのと同じ様に理解する事が出来る様になっている。でも、実社会で通用する『実弾』を得る事が出来る様になるまでにはまだ遠く、だから必死に代わりとなる武器を求めている。
 しかしそうやって手に入れた武器の多くは大人にとって砂糖菓子の弾丸しか撃ち出せない様な取るに足らないもので、撃ち込んだ弾丸もその多くは無視される。砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない。

 THE BLUE HEARTSの『TRAIN-TRAIN』ではないけれど、あの頃の僕達はそれこそ『見えない自由が欲しくて 見えない銃を撃ちまくる』様な生き方をしていた気がする。実弾の撃てない欠陥品の武器を抱えて、誰に届くとも知れない弾丸を撃ち続けていた。

 そして生き残った僕達は大人になった。自分でも気付かない間に。まるで戦場で生き残る事だけを考えていたら、いつの間にか長い年月が過ぎてしまっていたかの様に。特別な通過儀礼があった訳でもなく、試練をパスした訳でもなく、ただ時間が僕達を大人にした。そして手にする弾は実弾になっていた。

 では、あの頃渇望していた自由を僕達が手に入れられたのかというと、大人にはまた大人の戦争があるんだという実につまらない現実が横たわっているだけなのだった。そして実弾が飛び交うその場所で、自分は塹壕にいたのだろう。
 自分はどうして兵士でいるのか。このクソッタレな戦場で、誰の為に、何の為に戦っているのか。そして大人になって実弾を手に入れた自分は必死に武器を探した。生きる目的や動機を。それを見失ったらもう世界と戦えないという武器を。各々がその銃に実弾を込めて撃ち合っている中で、自分が拾い上げた武器は中学生の頃手にしていた銃とどこか似ていた。

 そしてあの頃砂糖菓子の弾丸を込めていた銃に実弾を込め直して塹壕から飛び出し、もう一度戦場に立った自分は、時に銃の弾詰まりや作動不良に悩まされながらもまだ何とか生きている。
 あの頃砂糖菓子の弾丸を撃ち合っていた僕達がいた事を、自分は忘れない。大人になってしまった自分に出来るのは、その程度の事でしかないけれど。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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