事業仕分けに思う事

 最近のニュースでは、民主党政権がやっている事業仕分けについて注目しているのだけれど、国が予算を付けている事業がこんなにあったのかという事がまず驚きだ。そりゃ必要なものもある事は認めるけれど、例えばニートや引きこもりの若者の自立支援に関する事業、いわゆる『若者自立塾』等は廃止されて然るべきだと思う。

 個人的な立場から言えば、自分は一貫して『少数派・社会的弱者の意見を無視しない政権』が理想だと思っているし、これからもその思想を変える気は無い。昨今の経済、雇用情勢等を考えれば、自分もいつ失職して無職になるかわからない訳で、今はかろうじて中小企業の正社員として暮らしてはいるものの、将来的にはこれでこの先もずっと安泰なんていう事は無いだろうと思っている。そういう意味では自分も彼等の様な社会的弱者と紙一重の位置に立っている訳で、ワーキングプアやニート、引きこもりの問題に対して国がどういう姿勢で臨むのかは注目している。
 しかし、例えばニートや引きこもりの若者を社会復帰させる為に国費を投入する事には反対する。ぶっちゃけた話『そこまで世話してやらないといけない人間が社会で使い物になるのか』という問題がどうしても頭をよぎるし、『本当に救済を必要としている就業意欲ある若者と、単に自分で努力せずに甘えているだけの人間との区別が付くのか』という問題もある。

 自分が今の職に就く前、求職活動中に知り合った20代の女性は、『自分はパニック障害で対人関係のストレスに弱く、今まで勤めていたバイト先の上司からは嫌がらせに近い(と彼女は思っている)叱責を受け続けた為に働く事が嫌になった。その後どのバイトも対人トラブルが原因で長続きせず、それでも正社員になりたいので求職活動をしているが、なかなか希望する職種の求人が無くて困っている』などという事を平気で口にする人だった。自分はそれを聞いて「大変ですね」とかなんとか当たり障りの無い様な返答をしたのだけれど、本心では、この人を迎え入れてくれる様な職場はまずないだろうなと思っていた。

 自分より下の世代の若者について思う事がある。それは、自分で自分の弱さを肯定し、他者には理解を求める反面、自らは絶対に相手からの要望に応えようと努力しないという傾向を持った人間が増えて来たという事だ。統計を取った訳ではないので客観的事実とは言えないのだけれど、少なくとも自分の周辺を見る限りではそう思う。
 例えば自分が知り合った彼女にしても、本当に医師からパニック障害と診断されたのかと言えば違うだろう。通院している様子も無ければ薬を飲んでいる様子も無く、自分の目の前でパニック発作を起こす様な事も無かった。ただどこかでパニック障害という病名を知り、自分の対人ストレスに対する弱さを病気のせいにして自己肯定しているのだろうなと思う。何よりその行動や言葉の端々から『私は病気だから優しくして』『病気のせいで仕事が出来なくても許して』という姿勢が透けて見えるのだ。本当のパニック障害で苦しみながら、必死に病気を克服しようとしている人からすれば許せないだろうと思う。
 ちなみに彼女は最後には『作家になりたい』等と言っていたのだけれど、そこまで行くと夢や希望というより妄想の類だと思う。何しろ、作家になりたいというのだから何か思う所があるのかと思えば、今まで文章らしいものを書いたのは携帯のメール程度だと言うのだから。

 確かに救いの手を差し伸べるべき弱者はいる。それは確かだけれど、今の国の制度で予算を付けても、それがどの程度効果を上げる事が出来るだろう。自分がニートや引きこもりである事を、社会や周辺の環境や世界的不況、或いは精神疾患のせいにして、少しも自己反省する事無く生きている人間だっている。そうした人間まで救済する為に、労働者が真面目に働いて納めた税金を使う事がどの程度有意義な事なのか?その結果は検証可能なのか?それらがクリアにならない以上、弱者救済のつもりが、単なる甘やかしになって終わる可能性があると自分は思う。 

テーマ : 時事
ジャンル : 政治・経済

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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