現実を生きるモグラ達へ・新井円侍『シュガーダーク 埋められた闇と少女』

 角川スニーカー大賞という公募新人文学賞がある。ライトノベル業界の中でも大きな賞の1つで、年1回選考されるのだが、今年で14回目を数えるにもかかわらず、大賞を受賞した作品は昨年までで3作品しかなかった。そこに今年、4作目の大賞作品として名を連ねる事となったのが、本作『シュガーダーク』である。

 とまあ、煽る様な事を書いておいてなんだが、そんな前提はとりあえず作品を楽しむ上で何の足しにもならないので、自分の場合、毎回の如く横に置いて忘れる事にしている。せいぜい本を買う時に、嫌でも目に入る文庫の帯に書かれた『大賞』の文字に購買意欲を刺激されるかどうかという程度の問題で、読者が評価するのは結局その中身でしかないのだし。

 自分が思うに、読者というのは酷く残酷かつ貪欲な生き物で、その目的は自分が面白いと思える物語を際限無く求め続ける事にある。そしてその欲望は、どれだけ物語を蒐集しても満たされる事は無い。
 更にその過程では、たとえ権威ある作家や評論家が太鼓判を押した作品であろうが、読者の嗜好に合わなければバッサリ切り捨てられる。頑張って書きましたとか、これだけ取材しましたとか、敢えて難しい題材に全力で取り組みましたとか、そういう作家側のバックグラウンドなど一顧だにせず、ただ己の嗜好を満たす事が出来るか否かというその一点のみによって作品に評価を下す。それが読者という名の怪物の本性だ。
 我ながら酷い生き物だなと思う。が、自分で言っておいて何だが改めるのは無理だ。

 そして、本作である。一言で言う。面白かった。

 本当に身も蓋も無いが、そういう事だ。少なくとも自分にとっては。あらすじが知りたければ他にいくらでも書かれているし、久々の大賞受賞作という事でそれなりに宣伝もされている様だから、ここでは他に譲る事にしたい。ただ一言で表現するならば、本作は典型的なボーイミーツガールの物語であると言える。

 少年は少女に出会って恋をする。

 確かにライトノベル的な世界設定や、キャラクター設定はある。しかし、そうした要素によって装飾された物語それ自体には、目新しさも、あっと驚く様なギミックも無い。ただ少年は少女の事が大事で、守りたいと願う。だから自分に出来る限りの方法で彼女を助けようとする。突き詰めればこれはそれだけの話だ。しかし、ただそれだけの物語が読者の心を打つのは何故だろう。

 男女の恋愛というものは普遍的なテーマだが、現実を生きる自分達は、常に大事なものを守り通せるとは限らない。だからこそ物語の中の少年と少女は眩しく、自分達は彼等に自らの想いを仮託する。現実の報われなさを知るからこそ、虚構の恋の尊さに打たれる。
 自分達は知っている。どんなに恋をしても、相手を想っても、互いに求め合っていたとしても、現実にそれが実を結ぶとは限らないという事を。それでもなお生きて行かなければならない自分達には、そんな現実に立ち向かう為の物語が必要なのだろう。

 自分達もきっとこの物語の少年の様に墓穴を掘っているのだ。自分達の心の中に。
 そうやって掘った穴に、現実のクソさ加減や、世の中に満ちる欺瞞や、報われなかった夢を埋葬する為に。それらは殺す事が出来ない怪物の様に自分達の心に浮かび上がる。だから自分達は、その怪物を必死に心深く埋めるのだ。
 当然それで何が変わる事も無い。世界は相変わらず欺瞞だらけで、殺せない怪物を埋めた心はその分だけ重くなる。墓標の数は増えるばかりだが、それでも自分達は穴を掘り続けるしかない。そんな現実だと知っていて生きるしかない。

 だからこそ自分達に必要なのは、きっとこんな物語なんだろう。
 少年はきっと少女を幸せにする。それは誰かが叶えられなかった夢の続きとして。誰かの心に埋葬された恋の代わりとして。自分達は片手にスコップを持ち、穴を掘るその手を一時休めて、彼等の眩しさに目を細める。再び穴を掘る力を得る為に。これは多分、そういう物語だ。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon