沖縄の米軍基地移転問題が解決出来ない、本当の理由(2)

 昨日からの続き。

 日本語というのは便利なもので、本当は内実など無くても、それらしい単語を並べた長文を書いておけば意外と体裁だけは整ってしまう。『沖縄県民の心情を考慮』とか『日米同盟の堅持』とか『日米安保の重要性』とか。で、それだけ色々と言葉を並べて結局何が言いたいのかと言えば、「移転先の決定は当面先送りにします」という事だったりする。結局先送りかよっていう。だったら最初からそう言えって。まあ言えたら苦労は無いけれど。

 しかし、国がそうやって体裁を取り繕っているのと同様に、自分達だって似た様な方法で自己弁護している。沖縄の負担は国民なら誰でも知っているし、米兵やその関係者が事件を起こせば、とんでもない事だと義憤に駆られたりもする。メディアではコメンテーターが政府の姿勢を批判するし、世論調査的なインタビューを受ける通行人は大抵が沖縄に対して同情的なコメントをする。

 でも、誰も助けない。

 何故なら、自分の地元に米軍基地を引き受けようなどという知事は地元住民の猛反発を受ける事が目に見えている。だから県外移設なんていう選択肢は最初から無いも同然だ。そしてそうさせている有権者である自分達の意識というか、本音は「地元への基地移転なんていうリスクを引き受けたくない」という所にある。そのくせ、「沖縄が貧乏くじを引いておけよ」という本音を隠して同情的なコメントに終始する。何だそれ。

 昔、オウム真理教の出家信者連中がサティアンを追われて散り散りになった時、各地の賃貸物件ではオウムが入居したらしいとなると総出で追い出しにかかった。近隣住民も本気だった。でも、当時周辺住民の誰一人として考えていなかったと思うけれど、連中を追い出したってこの世から消えて無くなる訳じゃなし、追い出された奴はまた別の場所に流れて行くだけなんだよな。その場から連中を追い出すっていう事は、別の地域に住んでいる人間にリスクを押し付ける事に他ならないんだけれど、その負い目を感じている人なんて多分一人も居なかったんじゃないかと思う。逆に、何で自分がババを引かなきゃならないんだっていう怒りはあっただろうけれど。
 米軍基地の問題もそれと似た所がある。沖縄と自分の所で基地のリスクを分担するよりも、沖縄に基地が集中していた方が助かるって、多分皆がそう考えている。自分だけはババを引きたくないって。

 自分が何でこんな所で沖縄の話をグダグダ語ってるかと言えば、自分はそういう欺瞞が死ぬ程嫌いだからだ。本音を言わないのは仕方ない。本音語って生きて行ける程世の中は優しくない。でも、思ってもいない事を言うのは止めろよと言いたいんだ、自分は。それが出来ないなら黙ってろと本気で思うし、口先だけで沖縄県民の心情を察する様な台詞を吐くなと言いたい。そういうのは何というか、嫌なんだ、本当に。そんな思考をニュース番組からも新聞からも連日の様に垂れ流されると、本当に『生き苦しさ』がじわじわと胸に押し寄せてきて反吐が出る寸前になる。

 だからという訳でもないけれど、ここでは本音を書いておく。
 沖縄問題が解決しないのは、間違いなく自分達のせいだと。

テーマ : 沖縄問題
ジャンル : 政治・経済

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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