見守る視線の、その先に・虚淵玄『アイゼンフリューゲル 2』

 前巻の感想は以前書いた通り。物語は今巻で完結した。

 ただ誰よりも、龍よりも早く飛ぶという夢の為にジェット戦闘機を開発してきた男達に、戦争という影が迫る。
 現実がそうである様に、夢を追い求める行為には必ず代償が必要となる。夢の為に作られたジェット機『ブリッツフォーゲル』。決して戦争の為に作った筈ではなかったその機体にも軍の要求によって機銃が搭載され、戦闘機としての評価試験が始まる。そして開戦。帝凰龍に挑み、これに打ち勝つというその夢も果たせぬまま、ブリッツフォーゲルは軍に接収される。そして、主人公カール・シュニッツは、再び兵士として戦場に向かうのかを問われる。

 『何故なのか』

 本作は繰り返し問う。何故龍に挑むのか。何故人は空を目指すのか。何故人は戦争などに明け暮れているのか。何故殺し合うのか。何故カールは飛ぶのか。そうして幾度も繰り返される『何故』の向こう側に、答えはあるのか。

 この作品は現実に近い世界観を持っている。ただ異なるのは、そこに龍という超越者がいる事だ。龍は自由に空を飛ぶ。そして人間を見続ける。中でも帝凰龍は神に近い視点で人を見続けて来た存在として描かれる。それは人間の願望なんだろう。『自分達を見ていてくれ、見届けてくれ』という。

 自分は無神論者だと思う。それでも、人間が神を必要とする心理については実感として分かる。辛い現実から救って欲しいという気持ちもある事は確かだろう。でも、現実の諸問題を神が解決してくれるなどという事はまず無い。しかしその一方で、現実に救ってはくれないにしても、ただ見ていてもらいたいという気持ちの方が大きいのではないか。

 自分は、人間は多分誰であっても何かの途上で死ぬんだろうと思う。当然、個人の人生の中には物語があって、生まれてから死ぬまでには何かを成し遂げ、後世に語り継がれる様な結果を遺す人もいる。またそんな大きなものでなくても、親として子を育て、次の世代に命を繋ぐ事だって立派な事だ。でもそれも、人類全体という大枠の中では歴史の中の通過点に過ぎない。まして自分の様な凡人の一生など、何を遺せるのかも分からない。何も遺せない可能性だって大いにあるし、そこに意味があるのかと言われれば、頼りない答えしか返せない気もする。そして歴史を振り返って人類全体の事で考えるなら、何だか人間は同じ様な過ちを繰り返しているだけの様な気すらしてくる。戦争にしろ環境破壊にしろ。
 本当に人間は何処に向かっているのか。前進しているのか後退しているのか。少しは進歩しているのか。そもそも進歩といってもどの時点と比較しての事なのか。その方向性は正しいのか。分からない事だらけだ。

 でもそんな、自分も含めた人間の馬鹿さ加減を、何か超越的な存在がいて見ていてくれるとすれば、自分ですら分からない『何処か』に向かおうとして辿り着けずに終わるであろう自分達の人生にも意味を見出してくれるかもしれない。どうしようもない人間の愚かさも、『本当にお前等はどうしようもねーな』という呆れ方をされながらかもしれないけれど、そうやって見届けてくれる存在があれば報われるかもしれない。何せ自分達が何処から来て何処へ行くのかなんていう事すら、人間には分からないのだから。

 この物語の龍は、正しくその様な存在だ。人を見続け、記憶し続ける存在、超越者としての存在だ。だからこそ龍に挑むという事は神に挑むという事でもあるし、龍と対話するという事は、神との対話でもある。そこで人間がどう答えるか、どういう姿勢を見せるのかは、現実に生きる自分達の生き方にも通じる。だからこそ彼等は、見守る視線の、その先を目指す。見てろよ、と。

 自分達がやろうとしている事が正しいのか間違っているのか、善か悪か、意義がある事なのか無意味なのか。そもそも何故そんな事をしようとしているのか。当事者である自分達はそれを明確に答えられない。その答えが出るのは次の世代かもしれないし、その先かもしれない。当人にとっては単にやりたいからやってみるだけかもしれないし、やらざるを得ないからやるだけかもしれない。その事の意味や価値や正しさはいつだって曖昧で頼りない。でも自分達がここでこうして生きていて、やろうとしている事を見てろよ、見ててくれよ、という想い。そういう想いを抱いて人は生きるし、そうやって生きて行くしかない。

 多分、この自分だってそうなんだろう。自分も生きて行く上での確信なんかない。明確なビジョンも無い。でもそれでも生きて行こうとするならお前はどうするんだ、という事を本作は問うている。『で、どうする? まだ続けようって気はあるのか?』と。

 返す答えは、もう決まっている。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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