幸村誠『プラネテス』(2)

 

 時々『大人になる』って事について考える。

 思春期には誰でも大人が腐って見える時期があって、自分も『死んでもこんな大人にはならねー』っていう大人像を頭の中で作り上げ、必死な抵抗をしていた。
 でも悲しいかな、そんな奴にも時間は平等に流れるもので、今の自分はといえば20代も通り過ぎてしまった。世間から見れば立派かどうかは知らないが一応大人の範疇という事になる。それもかつての自分が『一番なりたくなかったタイプの大人』っていう奴だ。
 会社では特に意義も見出せない仕事を淡々とこなし、上司の機嫌もしっかり窺う。愛想笑いも上手くなった。自分では全く逆の事を考えていても、その場の他人の意見に合わせる事も出来る様になった。他人を叩いて安心する事を覚えた。自分より下の立場の奴を探す様になった。ここまで書くと酷い奴だが、実際に酷い奴なんだから救えない。

 もしも今タイムマシンで14歳の自分が乗り込んできたら、真っ先に殺されるのは自分なんだろう。凄いね。ターミネーターなんか目じゃない。

 『プラネテス』の4巻では、そうした大人になる事、大人として生きる事に対する課題や困難さが描かれる。


 『・・・なんなんだ? オレがいけないのか? 本当にオレがいけないのか? どっちなんだ? オレと この世界と 狂ってるのはどっちだ?』
 『このクソみたいな社会についに馴染めなかったひとは どこへ行けばいい?』
 『ごめんよアルバート ごめん それは流れ星なんかじゃないんだ 祈りは通じないんだ クズみたいな大人達が降らせてる クズ鉄の雨なんだよ』


 ・・・人間はよりよく生きる為に社会を形成し、各々役割分担をして支え合って生きるという事を覚えた。けれど社会構造が複雑化し、それが簡単に動かせない強固な枠組みになってくると、人間の為に機能する事が目的だった社会構造が変質し、『社会構造を維持する為に人間が犠牲を強いられる』様になる。これを極限まで突き詰めていくとSFになって、『マトリックス』の様な世界になる。
 でもそこまで行かなくても、現実に社会に馴染めない人はいるし、自分の様に一見社会人として普通に生活していても、その中で自分と社会との齟齬を感じている人は数え切れない。また、社会参加が生きて行く上で必須になると、一度その枠組みから弾き出されてしまった人は再びそこに復帰出来ない限り、生きて行く事が非常に困難になる。つまり、世の中の価値観や流れに乗れている限りはいいけれど、それに逆らったり受け入れられなかったりした途端に酷い目に遭わされるし、もっと酷いと人間扱いすらされなくなる。派遣切りとかネットカフェ難民とか、もっとストレートにホームレスとか、ああいった人々は社会構造の中の『経済』の部分で犠牲を強いられているわけだ。

 こうなると、『社会に適応できない奴は駄目な奴だ』という見方に反論する事は容易ではない。
 コミュニケーション能力を養って社会の中で多数派に属し、自分のポジションを確保し、安定した生活を手に入れる為にも人間はますます社会構造への依存度を高める事になる。大人になるという事はある意味でそうやって元々持っていた自分の形から社会生活に適応できない部分を少しずつ削ぎ落とし、自分を社会が望む形に落とし込んでいく作業だとも言える。

 ただ問題になるのは、そうやって削ぎ落としてしまったものの中に、自分にとって欠く事の出来ない大事なものが紛れ込んではいなかったかという事だ。これはもう、自分に聞くしかない。

 もしも今、タイムマシンで14歳の自分が乗り込んで来たとして、今の自分は相当腐って見える事だろうと思う。ただそこで大人しく殺されてやる訳にも行かない。昔の自分が今の自分を見て、堕落したなと思ったとする。それは多分事実でどうしようもないが、それでも生きていかなければならない自分はどうすればいいのか。
 多分その時自分は自分の胸を割って心の中身を全部引きずり出し、過去の自分に見せてやらなければならないんだろう。

 『どうだよ、ちょっと磨り減ったかもしれないけど、お前の中身はまだ全部ここにあるぜ』

 そう言えればいい。逆にそう言えなくなったなら、その時は自分に殺されるだけの事だ。それは社会に圧殺される事よりも遥かに辛い。自分が自分で生きる価値を認めなくなった時は、この世から退場するしかなくなる。

 だから自分は時々振り返る。それを助けてくれる作品と出会う事もある。小説や漫画や映画は、それを見る自分の心の磨り減り具合を確認する指標だ。だから大切にしていたいと思う。

 

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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