噴出する悪意の源泉 スティーヴン・キング『シャイニング』

 またしても、キングである。

 自分は読書好きではあるのだけれど、意外と「これは読むべし」みたいな王道は外していたりして、今の今まで読んでなかったなそういえば、という本も多い。本作もその一つで、「これだけキング好きなのに何故シャイニング未読なの?」という様な事を言われた事もある。その人曰く、キングといえばシャイニングという位の傑作なので、読んでいないなんてとんでもないという事だったのだけれど、まあ楽しみを残しておいたという事で。

 とある事情によって教員職を追われたジャック・トランスは、妻と子を伴ってコロラド州山中のリゾートホテル『オーバールック』の冬季管理人として住み込む事になる。雪深く、冬季は完全に外界との行き来が不可能となるこのホテルで、そこに住まう怪異が次第に三人を蝕み始める。

 館に住まう怪異、というテーマは今日珍しいものではない。しかし本作がそれら数多くの作品と一線を画す傑作として燦然と輝くのは、その狂気、或いは悪意の源泉が、あくまでも人間の中に存在するという事にある。
 例えば本作では、ジャックが過去に息子に対して犯した過ちや、飲酒に関する悪癖が繰り返し語られる。怪異は巧妙な手管でそうしたジャックの負の側面を突く。ジャックの妻ウェンディにしても、ジャックとの夫婦関係や母親との確執に関する描写は執拗で、容赦が無い。そして彼等の息子であるダニーが持つ特別な感受性『かがやき』(Shining)が、時に彼等を助け、また時には事態を悪化させる事となる。

 家族を陥れようとする悪意を、もっと強力なものとして描く事も可能だろうとは思う。しかし本作の怪異は、どんな形であれ何らかの依代を得る事によって現れる。それはジャックの悪意であったり、夫婦関係の中に潜んでいたり、ダニーの好奇心を後押しする形であったり、またこのホテルが過去から延々と引き継ぐ様々な因縁や事件の形を借りたりする。しかし共通して言える事は、その悪意は何も外部から降って湧いたような災厄ではなく、元々人間がその身に宿していたものに過ぎないという事だ。

 キングの描く恐怖は、いつも見知った手触りがする。だからこそ怖い。

 例えばモンスターが登場する様なホラー映画を見て感じる恐怖は一時的なものだ。映画が終われば観客は現実に引き戻されて、怪物など存在しない日常の世界に帰還する事が出来る。しかしキングが描く様な人間の悪意は、物語を読み終えても現実にまで尾を引く。なんとなれば現実の方がよりその悪意は色濃く、しかも出口が無い。そうした意味でキングが描く恐怖には容赦が無い。

 そうした作品を求める読者の心というのは、ホラーが嫌いな方には理解され難いかもしれない。しかしそうした悪意の中にも『かがやき』の様に希望をしっかりと描く所に、自分がキングを愛好する理由がある。物語の最後に、同じかがやきを持つ者として、ある人物がダニーに告げる言葉は、きっと読者に向けた言葉でもある。その小さなかがやきこそが、特別な感受性としての『かがやき』にも勝る光なのではないか。

 今はただ、現実を生きる自分達にもきっとそうした『かがやき』がある事を願わずにはいられない。

 

テーマ : 本の紹介
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