掌編という、磨かれた言葉・時雨沢恵一、黒星紅白『お茶が運ばれてくるまでに―A Book At Cafe』

 メディアワークス文庫が創刊された事は以前書いたけれど、今回は本家とも言うべき電撃文庫から『キノの旅』シリーズで有名な時雨沢恵一、黒星紅白のコンビが参加した。普段は作家名のみで紹介する所なのだけれど、本作は文庫本の装丁で作られた『絵本』なので、両者の名前を併記する。

 この作品はタイトルの通り、読者が喫茶店でお茶を注文してから、それが運ばれてくるまでの一時にこの本を開くという書き出しで始まる。そこから広がるのは、水彩の様な淡い色使いで描き出される絵本の世界だ。文庫本サイズではあるものの、フルカラーで描かれる黒星紅白氏の絵は、キノの旅で見慣れた印象とはまた異なる独特の雰囲気がある。

 そして、その絵と共に綴られる時雨沢恵一氏の文章は、掌編でありながら読者の心に深く切り込む鋭さがある。こういう文章を書く事が出来る人が作家になるのだろうと思わせるだけの力が、そこにはある。
 難しい言葉や豊富な語彙を使って、長文で描かれる物語の素晴らしさというものも確かにあるが、その一方で、少ない言葉でありながら本質を突く掌編の素晴らしさもある。そして絵本はその最たるものだろう。

 自分などは、つい長文を書いてしまう人間だ。でも自分がそうして長文を書いてもまだ言い足りない様な、きちんと本質を伝えられていない様な気がする事を、この絵本の様な短い言葉が射抜く瞬間がある。そういう文章に出会えた時、自分は本読みとしての幸せを感じる。そしてそれと同時に、自分の口から出る、余計なものに塗れて濁った言葉の薄汚さを思う。

 絵本を読んでいた頃は分かっていた筈の事を、どうして大人は忘れるのだろうか。どうして大人は真っ直ぐな言葉を捨てて、婉曲な言葉でしか物事を語れなくなるのだろうか。

 そういう自分に気付いてふと立ち止まる時に、この本と暖かいお茶が傍らにある事、こういう本を書いてくれる作家がいる事、そうした些細な事が、きっと救いなのかもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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