働く事は地雷か?

 最近、職場の係長とニートについての話をした。何でも、テレビでニートの特集か何かをやっていて、そこで見たニートの暮らしぶりが相当酷かったという事らしい。『アイツら人生舐めてんだよな』と係長は言った。

 現状、何とかサラリーマンをやっている自分は思う。ニートって結局、『働いたら負けかなと思っている』とかいう台詞に象徴される様に、働く事そのものを地雷だと思ってるんじゃないかと。

 ニートの親の世代っていうのが、多分バブル崩壊以降の不況による終身雇用制度の崩壊に直面した世代だ。そしてリストラの嵐によって職を追われた上、年齢的に再就職も厳しいという二重の苦しみを背負わされた。その姿を見て育った子供世代からすれば、一度就職してそこで真面目に働いたからといっても将来の事は分からないし、安心出来ない。そこに生涯の安定は存在しないという事を、親の世代が実証しているからだ。だから働く苦労を背負わされた挙句に、最後の最後で地雷を踏まされる位なら、最初からニートをやっていた方がいいという結論に辿り着く。それがきっと『働いたら負けかなと思っている』という言葉の意味だ。

 確かに企業にとって被雇用者とはあくまでも駒に過ぎず、不況で業績が悪化すれば容赦無く切り捨ての対象とされる。個人が真面目に働いて積み上げた業績など、世界的な不況の前では消えてしまう。だったら辛く嫌な思いをしてまで仕事に就く事はない。自分達はニートで構わない。そうやって予防線を張る事で、多分ニート達は自分達の正しさを誇示しているんだろう。

 彼女もいらないし、結婚もしたくない。親の老後の面倒を見るつもりも無い。家は親が立てたものに住み続ければいいし、当面の生活に必要なだけの金が手に入れば、それ以上は望まない。ダラダラと行ける所まで行って、そして死ぬだけだ。恐らく彼等の多くはそんな風に考えている。なんていうか、『望まない』という事が徹底している。最初から何も望まなければ失うものだって無いんだと言わんばかりだ。

 どうせ真面目に働いたって、きっとまた足元を掬われるに違いないという諦観が、彼等をしてその様なニート暮らしをさせているのだとすれば、一体どうしてやればいいんだろうと思う。まあ地雷原に立っている自分の様な立場から言える事というものもなかなか無いのだけれどね。助けて欲しいのはこっちだぜ。 

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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Author:黒犬
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