消えない物語と、消えない少年 J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』

 サリンジャーが逝った。しかし彼が遺したこの作品は、きっとこれから先何年経っても消えないだろう。

 『ライ麦畑でつかまえて』について、以前こんな文章を書いた事がある。
 その中でも書いた通り、自分はホールデンじゃない。でも心の中のどこかに、まだ彼の様な『消えない少年』が住んでいるんじゃないかという気はしている。多分それは昔の自分なんだろうけれど。
 別に「だから自分はまだ若い」とか「まだまだ自分も捨てたものじゃない」という話をしたい訳ではない。むしろ逆にそういった存在を捨てて大人になりきる事が出来ない自分に対する苛立ちと、過去の自分との絶えざる衝突があるだけだ。それはもう殺し合いに近い衝突が。

 自分は中学生の頃、大人になるという事は不可逆的かつ不可避なもので、大人と子供の間は完全に断絶しているんだろうという意識があった。根拠は無かったけれどね。当然、身体的成長は不可逆なものだし、老化も避けられるものではない。そういう意味ではなく、精神的な意味で大人になるという事は大人と子供との間の不可逆的な断絶を超えさせられるという事だと思っていた。自ら選ぶのではなく、外圧によって。
 中学生の自分にとって、それはつまり今の自分が一度死ぬという事だった。その事は避けられないと思っていたし、同級生達の様に全力で抵抗しようともしなかった。ただ諦観だけがあった。

 子供である自分はいつか消えて、大人である自分になる。その『死期』がいつなんだろうという事を考えていたあの頃の自分が今どうなったかと言えば、あの頃思い描いていた様な大人になる事も出来ずに中途半端な場所で立ち尽くしているだけだ。

 恐らくそういう消えない少年を抱え込んだまま、自分は生きて行くんだろう。大人になる事に失敗した自分は。

 そういう人間にとって、ホールデンの物語は常に『今』を描いている。過去の輝かしい少年時代ではなく、中途半端な場所でもがき苦しむ今を描いている。だからこそ自分は、この物語を忘れない。忘れる事が出来ない。痛み続ける傷を忘れる事が出来ないのと同じ様に。

 サリンジャーが逝った。でもまだ自分達にはホールデンがいてくれる。消えない物語の中に佇む、消えない少年が。今はただその事に感謝したい。

 

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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