鈍るという事

 今日は、たまたまテレビで健康体操等を紹介していたのだけれど、一口に健康体操と言っても色々なものがあって「で、結局何をやったらいいんだ」とか思った。まあプロスポーツの世界ならともかく、こういう体操のレベルなら運動のし過ぎで健康状態が悪化したという話も聞かないので、全部やれるならその方がいいんだろうけれど。

 痩せる運動だけでも『背伸びするだけ』とか『後ろ歩きで5歩歩け』とか、『コンビニのレジ袋に空気を入れた奴でリフティングしろ』とか色々なものがある。テレビの言う事を信じるなら、皆それなりに効果はあるのだろうけれど、逆にこれしきの運動ですぐに目に見える効果があるという事は、現代人がいかに体を使っていないかという事の証明だなと思った。自分も人の事を言える立場ではないけれど。

 その中でも自分がこれは、と思ったのは、『視力回復に役立つ眼球運動』だ。

 今まで書いた事があったかどうか記憶が定かではないけれど、自分は近視なので眼鏡をかけている。日常生活では別に裸眼でも不自由はしないので、そんなに進行しているという訳でもないのだけれど、自動車免許を取得する際の検査で視力が引っかかってしまい、免許証にも『眼鏡等』と書かれてしまった。ちなみにコンタクトレンズは目に異物を入れるのが怖くて出来ないのだけれど、そんな人間でも視力が回復するものだろうかと少し興味がある。

 近視等で視力が低下するというのは、目のピント調節機能が低下しているのであって、眼球運動でそれを毎日鍛えれば視力は回復するという理屈らしいのだけれど、運動による瞬間的な視力回復を恒常的なものにするには、やはり毎日続ける事が重要らしい。以下がそのやり方。

 1 ギュッと力を入れて目を瞑る。数秒間キープ。
 2 目を開いて、顔は正面を向いたままで、目だけで上を見る。

 この要領で、目を瞑った後に目だけ動かすという事を上下左右やる。他にも、『自分の指を使って目の前で8の字を描き、その指先を目で追う』等も目の運動になって良いという事らしい。目ですら運動させないと鈍るという事なんだろう。

 こうしてみると、視力も含めて自分の体はどんどん硬化して行っているのかなと思う。体に良い事とか、最低限の運動とか全然出来ていないしね。そして不思議なもので、体が硬化して行くのと比例して、物の考え方も硬化しつつある様な気がしないでもない。自分にとってこれは割と致命的な問題だ。

 体は使わないと鈍る。だから運動する事が有効な対策になる。では考え方の柔軟性はどうやって守ったら良いのか。
 自分に出来る範囲で考えれば、それは自分にとって新しいもの、未知なものを摂取する事しかないのかなとも思う。例えば今までの自分ならまず聴かない様なジャンルの音楽に手を出すとか、全く読まない様な本を読むとかね。また或いは、普段なら接点が無い様な人と会話するとか。
 そうやって外部から刺激を与える事や、自分の中に存在しないものをインプットするという事をしないと、今度はアウトプットもレベルが落ちてくる。吐き出すものは前と似た様なものばかりになるし、質も量も低下する。本当にクリエイター気質で、自分から新しい物を生み出せる様な人ならまた話は別なのかもしれないけれどね。まあそういう人達だって何らかのインプットはしている筈だと思うけれど。

 ともかく自分は凡人だし、相当気を付けないと『頭の運動不足』になってしまう。運動不足なのは体だけで十分だよ。いや、そっちも十分まずい事にはかわりないけれど。

 ……とりあえず、眼球運動辺りから初めてみようか。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon