平凡な僕達の戦場・浅野いにお『ソラニン』(1)

  

 自分は凡人だと思う。このブログのタイトルもそこに起因している。つまり、凡人である自分が、それでも日々の暮らしの中で思った事を何かの形に残しておきたくて、その外部記憶装置として始めたのがこのブログだ。
 自分は凡人だ。その事は自分が一番良く判っている。

 才能のある人を自分は無条件に尊敬する。今丁度オリンピックをやっているけれど、ああいう世界レベルのアスリートはもちろんの事、作家、芸術家、漫画家、作曲家、演奏者、歌手、役者、そういった人達を尊敬する。正確には才能がある事を尊敬するのではなくて、努力によってそれを才能と呼ばれるまで磨き上げた事を尊敬する。そしてそれを武器に戦い続ける事を尊敬する。それは自分には出来なかった事で、自分には届かなかった場所だからだ。

 でも、それでも日々は続く。

 東京でバイト暮らしをしていた頃に同じ職場で知り合った奴は、一人がバンドマンでもう一人が劇団員だった。彼等の夢の続きを見届ける事無く地元に引き上げてしまった自分には、もう彼等の今を知る術も無い。
 ベースを弾いていたバンドマンからは、デモテープとして録音したらしいMDを貰った。演奏自体は褒められる所を探す方が難しい様な出来だったけれど、『THE BLUE HEARTS』のなり損ないの様な歌には彼等の熱量が確かにあった。
 劇団員の舞台は誘われて二度見に行った。その内の一作は演出・脚本が『大風呂敷を広げ過ぎて畳めなくなった』様な作品で上演時間ばかり長く、狭い小屋で観劇するには酷く体力を消耗した。腰も痛かった。けれど演じている連中は皆楽しそうで、それを見て何故か自分も楽しくなった。

 連中がプロになれたのかどうか、今も同じ様にそれぞれの舞台に立っているのか、自分は知らない。

 いつか抱いた夢を叶える為に、皆が高みを目指すのだとすれば、きっと夢に手が届く程高く跳べる連中は一握りしかいない。半端な高さまでしか跳べなかった自分達は、きっとその中途半端な距離から墜落して、自分が身の程知らずだった分に見合った傷を負う。
 夢を掴む程の高さまで跳べたなら、たとえ落ちても未練を残さず綺麗に砕け散る事が出来るんだろう。でも半端者の凡人が負える傷はきっとひびが入る位のもので、後はそんな傷を後生大事に抱え込んで歩くしかないと思い知らされる。
 それは多分、高く跳ぶ為の努力を怠った事の報いで、自分達はそれを毎日を生きる中で少しずつ背負わされて行く。

 小さい幸せとか、夢以外の大事な何かとか、そんなものを必死に探し集めて毎日を生きている。たくさんのクソッタレな現実からそれらを拾い集めて、大事に取っておこうとするけれど、気が付けばそれらは手の中から零れ落ちていたりもして、また途方に暮れる。

 そうやって生きてるんだろうと思う。そうやって生きてくんだろうと思う。それがいい事かどうかなんて知らない。それが正しいかどうかなんて判断出来やしない。でも、それでも日々は続く。朝起きて、仕事に行って、帰って来て風呂入って寝るという事を繰り返すだけかもしれないけれど、それでも日々は続く。
 日常を生きる事は困難で、時に感情は邪魔になって、ルーチンワークをこなすだけの機械にでもなった方が楽な気すらしてきて、それでもやっぱり自分は機械ではない何者かでいたくて、だからこんな事を書いてみたりもする。

 そういう不器用な凡人の為にこの『ソラニン』はある。

 ここには世界の危機とか、運命とか、それに立ち向かうヒロイックな主人公とか、ドラマチックな事なんて何もない。当然都合の良いハッピーエンドも、ゴールもない。あるのはどうしようもなく続く日常と、それを生きる連中だけだ。
 青臭くて、中二的で、どうしようもないと言えば本当にどうしようもない。でもこんなありふれた話だからこそ、全国にいるだろう、種田達と同じ様な日々を生きる凡人の心には、間違いなく届く。届くだけではなく、突き刺さり、抉る。こんな漫画がまだあったのかと思うし、それだけで、また繰り返しの毎日を生きていようという気にもなる。

 さて、明日もまた仕事だ。

 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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