僕達の、困難な日常・浅野いにお『ソラニン』(2)

   

 昨日書いた感想では、漫画の内容に一切触れていなかったので、後付けでタイトルに(1)を書き足したのだけれど、考えてみればそんなものは自分が説明しなくてもいい気がしている。あらすじであれば検索すればいくらでも読めるし、実写映画版の公開も間近に迫っているので、映画の公式サイトを見てもいいだろう。
 決して難しい話ではない。というよりも、ありふれた話だ。自分の胸に手を当てれば、心当たりがある人だって大勢いるだろう。

 青臭いとか中二的だとか、大人になりきれない半端者とか、社会人としても使えないとか、実は悪く言う気なら、種田達の事はいくらでも悪く言える。『世の中舐め過ぎなんだよ、もっと現実見ろ』とか。
 例えば、大学卒業後東京でOLをする芽衣子は、些細な事で会社を辞める。芽衣子と同棲中の種田はバイト生活の傍ら、バンド仲間とつるんでモラトリアムな暮らしをしている。ベースの加藤は大学6年生だし、家業の薬屋を継いだドラムのビリー(本名・山田二郎)も割とだらっと生きている。そんな彼等にとってこの世界は時に『生き苦しい』けれど、いつまでも夢の途中ではいられない事も判っている。

 大人になれよと社会は言う。いつまでも駄々をこねるのは止めて、地に足をつけて生きて行くのが正しい大人の生き方だと言う。そりゃそうだ。誰だってそうするさ。届きもしない夢を見上げながら生きるのは止めて、躓かない様にしっかり足元を見て歩くんだ。たとえ見えるものが代わり映えのしない地面だけだとしても、届きやしない空を見上げて歩いていたせいで転ぶ痛みを味わうよりはよっぽどいいに決まってる。出来る事と出来ない事、行ける場所と行けない場所をわきまえる事が出来たなら、それが大人への第一歩だ。平たく言うと、それが身の程を知るっていう事だ。

 そうやって社会に溶け込んで、小さな幸せを見付けて思うんだ。『自分は幸せだ』って。

 夢は叶わなかったけれど、今の仕事は就きたい仕事じゃなかったけれど、仕事はストレスが溜まるけれど、繰り返すだけの日々に生き甲斐なんて無いかもしれないけれど、自分の代わりなんてきっといくらでもいるだろうけれど、本当にやりたかった事はもう出来そうもないけれど、大切な約束は守れそうにないけれど、あの頃の僕にはもう戻れないけれど、それでも何とか見付けた居場所を他人に取られない様に必死に守りながら『自分は幸せだ』って言ってみる。



 『ホントに?』



 『本当さ』と答える強がりを、その積み重ねを、きっと日常と呼ぶのだろう。


 

 
 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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