日常の中でわだかまるもの・浅野いにお『素晴らしい世界』

 今日は、宮崎あおい主演で実写映画化された『ソラニン』もそろそろ公開になるという事で注目を集める、浅野いにお氏の短編連作『素晴らしい世界』を。ちなみに『ソラニン』の感想はこちらに

 浅野いにお氏は繰り返し日常を描く。この『素晴らしい世界』でもそうだし、『ひかりのまち』も『ソラニン』も、登場人物達の日常を丁寧に拾って行く。登場人物達はやる気が無いコンビニのバイトだったり、大学中退者だったり、予備校生だったり、いじめに遭う小学生だったりする。中には組の金を持ち逃げしたヤクザ者なんていう一風変わった奴もいることはいるいけれど、作品を通して感じるのは凡人が生きる日常の匂いだ。

 浅野いにお氏の漫画を読むと、自分はコンビニの夜勤で食いつないでいた頃の暮らしを思い出す。この漫画にも、似た様な暮らしをしているコンビニのバイトが出てくる。もっとも自分はもっと真面目に働いていたけれどね。働くからには手を抜かないという事が信条だったから。ただ、この漫画に登場するやる気の無いバイトが考えていた様な事なら、自分も考えた事がある。例えば彼はこう思う。

 『フリーターになりもう三年。孤独で退屈な毎日。でも、もう慣れた。』

 『見えない大きな力とか、弱者が徹底的に淘汰される流れとか。理不尽とか矛盾も。受け入れるようになった。』

 『すべての出来事は「しょーがない」のひと言で、解決できるのかもしれない。』

 『それに退屈な毎日だってホラッ……言いようによっちゃ、怒りも悲しみもない平和な毎日じゃないか。』

 繰り返す毎日は降り積もる塵の様で、夜勤明けに帰り着く一人の部屋は携帯電話を充電する卓上ホルダーみたいだった。自分は充電が切れかかった体でそこまで帰り着くとベッドに横たわり、次の出勤時間までをやり過ごす様にして生きた。
 今思い返せば、月日が経つ毎にバッテリーが劣化して充電がきかなくなる所まで自分は機械とそっくりだった気がする。心が動くのはたまに映画を観に行った時や友人に会う時くらいで、それ以外の時間、自分は本当に機械的に動いていた。もしかすると今も。


 もう自分は何者にもなれないし、どこにも行けない。


 それに気付く程度の心は持ちつつも、『しょーがない』と自分に言い聞かせて生きる。自分を騙す為の手練手管ばかりが上手くなって行く暮らし。前に進んでいるつもりが、いつの間にか環状線をぐるぐる回っている様な暮らし。いつかやりたい事をリストアップして心を慰めつつ、でもその『いつか』はきっといつまで経っても訪れないんだろうなという事を半ば自分で了解している様な暮らし。本当の希望からも、本当の絶望からも遠い、生温い日常。

 でも、そういう日常を何とかやり過ごす様に生きる毎日でも、わだかまるものはある。

 それは、心なんて別に無い方が生きるのが楽なんじゃないかと思いつつも捨てられなかったり、期待なんてしない方が絶望しなくてすむだろと思いながら抱いてしまう希望だったりする。『自分はこれでいいんだ』とか『しょーがない』とか『もうどーでもいいよ』とか自分で自分に言い聞かせた後になって『そんなワケねーだろ』とツッコミを入れに来るもう一人の自分だったりもする。
 そんな事でいちいち思い悩まなければもっと楽に生きられるのに、などと思いつつ、日常の中でわだかまるもの。自分でもどうしようもない何か。それらを丁寧に拾い描く事に浅野いにお氏は長けている。難しい設定も世界観も何もない。ただ日常の中で生きる人々がそこにいる。

 そうやって生きて来た。そうやって生きて行く。

 日常の中で皆がそれぞれに、わだかまるものを抱えている。でもきっと、それでいい。 

 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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