どちらがよりたちが悪いか

 仕事で部下を持っている人なんかがよく言う『使えない部下』に対するグチで、最近よく耳にするのが、『簡単に「出来ません」と言う奴が多い』というものだ。昔からすると考えられない事だと思うが、最近はむしろそれが普通という位に増えているらしい。

 もちろん人間皆が万能じゃないので、得手不得手や個人の能力差の問題はある。それを踏まえて考えたとしても、与えられた仕事にろくに取り組みもしないうちに「出来ません」と言ってしまうのはどうなんだろう。しかも、「出来ません」と言ったが最後、彼等は本当に何もしない。
 仮に今は能力が足りなくて出来ないとしても、出来る様に自分で努力するとか、誰かに教わるとか、人の手を借りてでもやってみるとか、そういう姿勢は彼等の中には無いし、仕事が出来ないという事に対する恥や負い目も無い。彼等は本当にあっけらかんと「出来ません」と言い切る。

 そんな連中ばかりでは確かに困るだろうが、聞くところによると全く反対の意味で困った部下というものも世の中には存在するらしい。それが『出来もしない事を出来ると言い張る奴』だ。

 上司からすれば、本人が「出来る」と言うから成果を期待して仕事を任せる訳だが、そろそろ出来たかと思って確認してみると、これが全然出来ていない。間違った処理をしていたり、非効率だったり、結局手を付けただけで投げ出されていたりする。そうなると当然上司は怒って「出来ないならそう言えよ」とか「わからないなら誰かに聞けよ」とか部下を叱責しなければならなくなるのだけれど、「お前本当は出来ないんだろ」と言われる部下の方はというと、これが大抵どんなに問い詰められても「出来ます」と言い張る。また、その間違いや不備を訂正してやると「そんな事わかってます」等と言い返す。これは想像しただけでも相当腹が立つ。

 「だってお前、実際に出来てねーだろ」とか「結果として全然駄目だろ」とか言われても、彼等は自分の能力に根拠のない自信を持っているらしく、いつまでも「出来る」「やれる」「そんな事わかっている」と言い続ける。彼等には、自分が出来ていないのだという感覚が全くないから、いつまで経っても反省も改善も無い。

 前者と後者、どちらがよりたちが悪いか考えてみる。まあどちらも相応に酷いけれど、自分としては後者の方がよりストレスが溜まる。

 で、ここまで考えて、これって何かに似ているよなーと思ったら今の鳩山政権だった。
 米軍基地の県外移設にしても、各種の公約にしても、出来ます、やれますと言えるだけ言っておいて成果を出さない。国民の方はもういい加減イライラして来て、「本当は出来ないんだろ?」と言いたいのだけれど、当の本人がいつまでも、出来ます、やれますと言い張るので余計に神経が逆撫でされる。
 言ってみればこの『期待しただけ馬鹿だった感』が、今の支持率下落の原因の一つなのではないか。
 確かに政権奪取からのこの短い期間に、目に見える成果を次々と出せというのは酷かもしれないが、その困難を知りつつ、最初からあれもこれも出来ますと言ったのは彼等の方な訳で、言ってみればこれは自業自得以外の何ものでもない。
 
 使えない部下を持った上司が苦労する様に、使えない政治家を持つと国民が苦労する羽目になる。一度失った信頼を回復するのは、並大抵の事じゃない。
 

 

テーマ : 民主党・鳩山政権
ジャンル : 政治・経済

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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