割り切らない、という生き様・西村聡『TRIGUN THE MOVIE-BADLANDS RUMBLE-』

 観たいと思っても地元ではやっていない映画その2。これも東京で観て来た。例によってパンフレットの写真も撮ろうかと思ったのだけれど、アニメ映画のパンフレットとしては異例の『表紙にキャラクターが一切描かれていない』というデザインで、写真を見ただけでは何のパンフレットなのか全然分からないのでやめた。ちなみにどんなデザインかというと、西部劇に出て来る様な酒場で、誰もいないテーブルが中心にあり、その奥のカウンターの壁に主人公であるヴァッシュの手配書が小さく貼られているだけ、というもの。気になる方はぜひ劇場に足を運んで下さい、と珍しく宣伝。

 さて、トライガンという作品が好きだ。漫画はもちろん、アニメはアニメでまた違った味がある作品だと思う。原作やテレビアニメに関する基本的な解説は他に譲るとして、ここでは作品について。

 原作もそうなのだけれど、トライガンという作品は大きく2つのパートに分ける事が出来る。まず前半のドタバタ西部劇。そして後半のシリアスなテーマの中で死闘が繰り広げられる展開だ。自分は後半の盛り上がりもそれはそれで好きだけれど、前半のドタバタ西部劇の部分がかなり好きだ。そしてこの映画は、丁度その中間地点あたりの微妙な時間軸の中で展開される。だから原作の後半に進むに従ってどんどん追い込まれて行く時と比べて、ヴァッシュも他のキャラクター達もまだ余裕があり、生き生きと動き回れる分、楽しい作品になったと思う。欲を言えばもっと保険屋さんコンビに出番があっても良かった気はするけれど。

 『人間離れした技を持つ凄腕のガンマンでありながら、本人は超が付く平和主義者』という矛盾した要素を持った主人公、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。彼が何故そんな生き方を選ぶに至ったのかという話は原作やテレビアニメで明らかにされるのだけれど、映画はそれとはまた少し視点を変えて『ヴァッシュがその生き方によって影響を与えてしまった人々に、再びどう向き合うのか』というテーマを扱っている。

 例えばヴァッシュは、相手がどんな悪党であれその命を奪う事はしない。その銃で相手を無力化する事はあっても、相手がなるべく傷付かない様にする。そんな、撃ち合いという命のやり取りの最中に、自分の命を危険に晒しても相手を救う手立てを考えてしまう男がヴァッシュなのだが、ではそこで命を救われた悪党が全て改心して善人になるかというとそんな事もない訳で、ヴァッシュが生かした悪党が他の誰かの命を奪うという事もまた起こり得る。

 『あの時、アンタがあの悪党を殺してくれていたら』

 そんな言葉を投げかけられた時、彼はどうするのだろうか。
 その答えは、この映画の中にある。
 
 自分が知る限り、ヴァッシュという男程何かを割り切るという事が出来ない奴もいない。
 人間生きていれば、何かの為に別の何かを犠牲にするとか、妥協するとか、そういった事は日常茶飯事だ。それは毎日毎日何かを割り切り、片方を選ぶと同時に選ばれなかったもう片方を捨てるという事だ。そうしないと自分達はまともに生きて行けない。全てを抱え込もうとすればその重さで潰されるのは自分の方だから。だから自分達は日々自分の身の回りのものに優先順位を付け、何が大事で何がゴミか、誰が大事で誰がどうでもいい奴か、誰が味方で誰が敵かを判断している。生きるという事はそういう事だと思っている。

 でもそこで、『自分には全部大事なんだ』とばかりに、全てを抱え込んで離さない奴がいたとしたら。そんな聞き分けが無いガキの様な信念を貫き通す事が生きる事なんだと信じて疑わない奴がいたとしたら、彼は無理だろうが何だろうが全てを抱えたまま生きて行くしかない。そしてその生き方のせいで起こってしまった事、起こしてしまった事に責任を取り続けるしかない。何故なら彼にとって、どうでもいいものや自分には関係がないものなんて世界に一つも無いからだ。何かを割り切って捨てるという事をしない生き方とはそういう事だ。

 取るに足らないゴミなんてない。どうでもいい奴なんていない。敵なんていない。そう言い続け、信じ続けて生きている奴。そんな男を主人公にした作品が、面白くない訳がない。

 

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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