虚構が描き出す、戦争の現実 キャスリン・ビグロー『ハート・ロッカー』

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 ゴールデンウィークに東京で観た映画その3。例によって地元ではやっていなかった。正確には地元の県ではやっているのだけれど、最寄の映画館では公開されていなかった。
 お前はゴールデンウィークにわざわざ東京まで映画を観に行ったのかと言われそうだけれど、それだけ映画好きなんですよ、という事で。まあ好きなだけで詳しくはないけれど。
 地元に帰って来てからは、東京在住だった頃一緒によく映画を観に行っていた友人と離れてしまったので、ほぼ毎回一人で映画館に行っていたのだけれど、今回はその友人とまた一緒にこの映画が観られたので楽しかった。映画は観るだけじゃなくて、観た後にああだこうだ言って盛り上がるのがまた楽しいものだから。友人との久し振りの再会で、行くのが戦争映画というのもちょっとどうかと思われるかもしれないけれど、いいんです二人ともこういう映画好きなので。また行こうぜ。

 さて、日本人、特に自分達の世代は戦争を知らない。自分の事で言えば、戦争に関する知識はどこから得たかというと、祖父母の世代の戦争体験と、学校の授業と、テレビのドキュメンタリー映像と、小説や漫画、或いは映画やゲームといった世界から得た伝聞が全てだ。それだけの知識で戦争について何かを知っているかの様な事は自分には言えない。では、戦争を知るというのはどういう事か。

 例えば、学校の授業で戦争について学ぶ事は出来る。しかし、中学、高校で学ぶ日本史や世界史で歴史年表を暗記する事が戦争を知る事だとは思えないし、教科書の太字に蛍光ペンで印をつける事が戦争について学ぶ事だとも思えない。戦争について知る為には、無味無臭の歴史年表や教科書の世界から、実際に戦争を体験した人々の顔が見える場所まで近付いて行く必要がある。そして、仮にそこまでしてもなお、自分が兵士として戦場に立つ事や、民間人として戦争に巻き込まれる事がどんな事なのかを知る事は不可能だろう。実際にその立場になってみない限り、それはわからない。

 過去の大戦がそうである様に、今現在の戦争について知るという事もまたそういう事なのだろうが、それでも本作の様に戦争のリアルを描こうとする作品はある。そこで描かれる戦争の姿は、ニュース番組や新聞が伝える一行知識としての戦争では知り得ない、戦争の実像に迫る為の足がかりになる。

 本作が描くのは、今現在アメリカが突入している『対テロ戦争』だ。
 「テロとの戦い」などと書いてしまえば一行で済んでしまう言葉だが、では具体的に今アメリカという国が強いられている戦いの実像とはどんなものか。それは敵が見えない戦いであり、出口の見えない戦いだろう。

 想像してみて欲しい。渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に、テロリストの仕掛けた爆弾がある。貴方はこの映画の主人公の様に、耐爆スーツと呼ばれる分厚い防護服を着て、ヘルメットを被り、その爆弾を処理しに行かなくてはならない。しかしいくらスーツを着込んでいても、至近距離で爆弾が炸裂すれば即死だ。
 これが周囲に何もない荒野なら、或いは爆発の規模が小さい爆弾だったなら、ロボットアームとカメラの付いたラジコンを使って、人間を危険に晒す事無くその場で爆破処理してしまう事も出来る。しかし、渋谷の街中で大型の爆弾を炸裂させてしまう訳には行かない。解体しなければならないのだ。
 貴方の他に、貴方の仲間が2人、アサルトライフルを持って周囲を警戒している。もし貴方の事を銃で狙ったり、不審な動きを見せたりする者がいれば即座に射殺する為だ。しかし彼等は爆風が及ぶ範囲の中には近寄れない。貴方の後方で、貴方の事を見守るのが精一杯だ。しかも大勢の野次馬が周囲を取り囲んでいて、その中の誰がテロリストなのか全く判らない。
 貴方は一歩一歩爆弾に近付く。もし周囲を取り囲む民間人の中にテロリストが潜んでいて、携帯電話で爆破コードを送信すれば、その時点で貴方は即死する。仲間は必死で敵の姿を探すが、この大勢の中の誰に狙いを定めたら良いのか判らない。首から看板を下げて歩いているテロリストはいないからだ。
 誰が倒すべき敵で、誰が無関係な一般人なのか。誤射によって一般人を射殺する事などあってはならないが、貴方と仲間にはどの顔も同じに見えて来る。そして貴方は、たった一人で爆弾の前へと歩いて行く。

 はっきり言って、正気の沙汰ではない。しかし、そんな正気の沙汰ではない戦いを強いられている国が今のアメリカであり、テロリストの仕掛けた爆弾によって実際に命を落としている米兵の方が、銃撃戦等の直接的な戦闘で戦死した米兵よりも多いという現実がある。

 この映画はフィクションだ。だが、これこそが現代の戦争だ。その凄惨な現実に、戦争を知らない日本人である自分は、言葉を失う。

テーマ : 映画感想
ジャンル : 映画

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『ハート・ロッカー』お薦め映画

骨太な作品で、センチメンタルな表現は一切ない。今まであまり知られていなかった爆発物処理班の仕事において、彼らがいかに危険で過酷な状況の中、使命感を持って仕事を遂行しているかを知ることができる。

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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