歩道橋上の幻想

 今月はあまり更新出来ていないなと思う。理由としてはまあ単純で、会社に拘束される時間が増えた事による。

 会社勤めというものをしたのは今の会社が初めてで、その前はというと都内のコンビニの深夜勤で食いつなぐフリーターだったのだけれど、間に無職の期間を挟んで今の会社に入ってからはや数年、30代頭にしてようやく名刺と肩書きを得た。会社でも苗字の後に役職名が付いて呼ばれる様になった。まあ小さい会社なので部下は一人もいない、肩書きオンリーの変更だ。一応昇進ではあるけれど、特に給与が目立って上がった訳でもない。むしろ残業代が出なくなって若干手取りが減ったくらいだ。
 昇進してみると、確かにより強く責任を感じる様になった。仕事に対するモチベーションも若干上がったかもしれない。でも、『嬉しい?』と聞かれると、これが自分でも驚く程嬉しくない。

 自分には不相応に思える名刺を眺めながら思い出すのは、フリーターだった頃の自分だ。正直、あの頃が懐かしい。『あの頃に戻りたい?』と聞かれればそんな事はないと思うけれど、それでもここ最近、色々な事があって昔を思い出す。今月に入って大学の恩師から葉書を頂いた事もその一つだ。もちろん嬉しい事だ。けれど、どこか申し訳ない気持ちもある。今の自分はあの頃の自分が目指していた場所とは違う方向に向かって歩いているからだ。


 自分はこのまま何者として生きようとしているのか。


 親にとっては子であり、妹にとっては不出来な兄であり、会社にとっては役職を与えた社員であり、社会にとっては成人であり、納税者であり、現役世代の一国民であるところの自分。そんな、日々増えて行く『自分を規定する肩書き』に沿う様に生きて行く事に毎日必死である自分。

 フリーターだった頃はもっと自由だった、なんていう陳腐な愚痴を言いたい訳ではない。ただ、実家を出て一人暮らしをしていると、バイトの夜勤明けや、シフトも入っていない休日の朝、また夕勤上がりの深夜0時過ぎなんていう『自分が何者でもない』と錯覚出来る様な時間帯が結構あって、自分はそれが好きだった。
 もちろんそれは錯覚でしかなくて、自分を規定する肩書きや他人との関係性は現実には消えないけれど、例えばそんな時間帯にふと職場のコンビニの側にある歩道橋に登って、これから都心へ向かう車と地方に向けて流れて行く車の列を眺めたり、通勤の為に駅に向かう人々の流れなんかを見ていると、自分がまだそんな普通の人達が立っている場所にすら辿り着けていない、半端な個人に思えた。
 自分はまだ何者でもない。でも、何者でもない自分は、まだ『自分が規定する何者か』になれるかもしれない。『誰かに規定された何者か』ではなく。

 今となっては、そんなものはただ社会の中で責任を与えられた何者かとして生きる覚悟を持てない人間の戯言だったのだと思いもする。決断を先送りにする事で得たものは『何者でもない自分』なんていう錯覚だけで、いつかは何者かとして生きなければならない現実から目を逸らしていただけだった。将来性も何もあったものじゃない。

 でも今、会社の中で肩書きを与えられた自分は、あの頃の全力で現実逃避していた自分を懐かしんでいる。まだ何者でもない自分という錯覚を、その幻想を眩しく思う。あの頃の自分が抗おうとしていたものに首まで浸かっていながら。

 「いい加減に割り切れ」と誰かが言う。でもよく聞くとそれは自分の声だったりして、その事に気付きながらも、まあその通りだよなと思う自分もいる。けれど自分で言った事に自分で納得しておきながら、それでもどこか頭の片隅の方にはあの日の歩道橋の上に頑固に居座って動こうとしない自分もいて、それらを俯瞰している自分でももう何が何やら分からないという有様だ。

 で、お前は結局何が言いたいんだ。何がしたいんだ。そう言われれば、何も答えを持たない自分がここにいる。でも、そんな自分の後ろから『そんな事知るか!』という開き直りにしか聞こえない台詞を叫ぶ奴がいて、振り返ってよく見れば遠くの歩道橋の上から身を乗り出して叫んでいるあの日の自分がいるのだった。
 そんな何の答えにもなっていない強がりを背中に受けて、じゃあ今ここにいる自分はどっちに進むのか。とりあえず苦笑しながら、まだ後ろで何事か叫んでいる奴に背中を向けたまま手を振る。どこに向かっているのか分からなくても、とりあえずまだ歩き続けなければならないらしいから。さて、この道はどこかに繋がっているんだろうか、という所で、この文章も何の結論にも辿り付かないまま終わる。以上。

(お前、他人には人様の文章をパクるなって言っておいて最後にこれか)
(それだけ好きなんだ、って事で今回だけ許してもらえないもんかなー)

 BGM“或る街の群青”by ASIAN KUNG-FU GENERATION

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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