人が真に滅ぶという事 コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』

 前回紹介した『ザ・ウォーカー』と似た世界観を持ちながら、全く異なるテーマを描いた作品が、この『ザ・ロード』だ。ザ・ウォーカーが『使命によって導かれる物語』であるとすれば、本作は『人の生が絶望を踏破する物語』だと思う。

 世界は何らかの原因で滅ぼうとしていた。国家は瓦解し、法と秩序は消え去った。そんな世界で、父と子は互いを支えとしてひたすら南を目指す。そこには特別な使命も無ければ、目指す目的地も無い。彼等が南を目指すのは寒冷化によって厳しさを増す冬から逃れる為であって、彼等が歩くのはただ生きる為だ。そこには崇高な使命も無ければ、生きる事以上の目標も無い。

 ただ、生きるという事。生き続けるという事。

 それ以外に望むものなど何も無い世界で、父は子を守り、子は父を支える。もちろん年端もいかない少年が現実に父親の助けになる事が出来る場面は少ない。けれど、彼の存在だけが父親の生きる意志をこの世界に繋ぎとめている。

“二人は路上にしゃがんで何日か前に料理した米と豆を冷たいまま食べた。すでに発酵し始めていた。人目につかず火を焚ける場所はなかった。闇と寒さのなか二人は臭い毛布にくるまり身を寄せ合って眠った。彼は少年を抱いていた。ひどく細い身体だった。お前はおれの心だ、と彼はいった。おれの心だ。だが彼は仮に自分がいい父親だとしてもそれでも彼女のいったとおりかもしれないと知っていた。彼と死のあいだに立ちはだかっているのは少年だけだということを。”

 彼等の名前は作中で一度も明かされないが、だからこそ、その無名の彼等がひたすら歩き続ける様は胸に迫る。
 普通なら、ただ生きるという事が何よりも困難な世界では、自分と、自分にとって大事な誰かを守る事が全てで、道徳など語ろうものなら一笑に付されるだけだ。必要なら他者から奪う事も、他者を殺す事も躊躇ってはならないという世界の中では。
 しかし、そんな世界で生まれた少年は、崩壊以前の世界を知らないにもかかわらず、『善い者』であろうとする。自分達が奪う側に立たない様に、そして他者を助けようとすらする。その善性は一体どこから彼の中にやって来たのだろう。

 そう考えると、この物語は絶望的な世界を描いていながらも、その中心には人間賛歌があるのではないかという気さえする。歩き続ける父と子は、絶望に覆われた世界を踏破して行く。全ての意味が失われつつある世界で、それでも人であろうと絶望に抵抗する。

 真に人が滅びた世界とは、全ての人間が死んだ世界を意味しない。人の滅びは、きっと人類の絶滅に先んじて訪れる。それは全ての善性が死に、全ての意味が消失した世界だ。その滅びを前にした時、自分達はどこまでそれに抗う事が出来るだろうか。そしてどこまで歩き続ける事が出来るだろうか。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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