この硬直化した社会で

 参院選の結果が出た。
 地元選挙区はまあ思った通りの結末と言うか、新鮮味も何も無い結果に終わり、そのあまりの予想通り振りに脱力してしまった。これだけ毎日選挙関連の報道がされていたり、ネットで調べれば様々な情報が得られたりする世の中で、5年、10年前と大差無い選挙結果ってどうなんだろうと思う。

 自分は新しいものが良くて、古いものが駄目なんだとか、そんな短絡的思考をしている訳ではない。さっき書いた事と矛盾する様に聞こえるかもしれないけれど、別に昔からある政党の候補者が当選してもいいと思うし、現職が再選されてもいいと思う。ただし、その人が本気で『今』の問題を見据え、成果を出そうと努力してくれるのなら。

 要するに、自分が気に食わないのは何かというと、このご時世にまだ『三バン』で選挙に挑む候補者がいて、しかもそいつらが手堅く当選するという事だ。三バンとは何かというと、『地盤(支援組織・後援会・地縁・血縁等)』『看板(知名度)』『鞄(政治資金)』という事で、昔からそれらが三拍子揃った候補者は選挙に強いと言われる。

 でも、選挙に強い候補者は政党にとっては議席獲得という意味で重宝するのだろうけれど、国民の、凡人の目線から考えると、三バンが揃っていて、ただ単に選挙に強いだけの候補者って何の得にもならないばかりかむしろマイナスだ。
 地盤が堅いという事は支援組織が強力であるという事だが、裏を返せばそうした組織の意向は無視出来ないという事だ。看板=知名度があるという事は、単に個人の名前が通っているというだけで政治手腕が確かである事を保証するものではない。鞄=金は確かにあれば困らないだろうが、言うまでもなく金持ちだけが政治家になる世の中は間違っている。

 大体、三バンを兼ね備えた候補者はその多くが『世襲』だったりする。親から引き継いだ地盤と、親の威光を借りた看板と、親の築いた財産を詰め込んだ鞄とで選挙に勝つ訳だから、当然親や周囲の意見を聞きながら、昔と代わり映えのしない意識のままで政治に携わって行く。自分達が必要とする政治家ってそんな連中なんだろうか。

 自分は思う。政治家というものが数ある職業の中で異質なのは、『何ら成果を求められない』という事だ。「いや、成果が無ければ次の選挙で落ちるんじゃないの?」と言う人もいるだろうけれど、選挙に勝つ為の『三バン』には『成果』や『能力』なんて一つも入っていない。極論すれば、政治家はその任期中の活動において何ら成果を出さなくても、次の選挙に勝つ事が出来る。今までもそうだったし、これからもそうだろうが、民間企業では考えられない呑気さだとは思わないだろうか?

 民間企業で求められる様な数字を政治家は求められない。国民の生活にどれだけ寄与したかという事は数字では判断できないのだ、なんてもっともらしい言い訳もあるとは思うが、そんなものは聴き飽きた。常に利益を出す事を求められる民間企業と、椅子に座って船を漕いでいても懐に金が入って来る政治家の危機意識が同じだなんて事はあり得ないし、そんな事は言わせない。

 だから、無難に『三バン』を使って再選した連中に自分は言いたい。アンタら前の任期中に、具体的に何をしたんだと。国民の為に、目に見える成果を出したのか。アンタらが安くない報酬を受け取って政治活動をした結果として、何か国民の生活にプラスになる事を一つでも成し遂げたのか。与党の中で党の方針に従って票を投じるだけだったり、野党の中で与党の出す法案に何が何でも反対するというだけの機械的な存在になってはいなかったか。国民から言えば、そんな奴は必要ない。

 常に国民の為に思考し、国民の為に成果を出す事が出来る政治家を自分達は欲している。そんな当然の要求が聞き入れられない硬直化した社会は、やはりどこか狂っている。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon