復讐者の辿り着く先・深見真『ゴルゴタ』

 復讐というものについて考えてみる。
 例えば自分にとって大事な誰かを思い浮かべる。そして次に、その誰かが犯罪者の手によって無残にも殺されたと想像してみる。それもただ殺されたのではなく、残酷な手段によって傷付けられ、耐え難い苦痛を与えられた末に無慈悲にも殺害されたと想像してみる。

 当然、自分達の心には怒りが生まれる筈だ。復讐心が湧き上がる筈だ。
 日本は法治国家だ。それに日本の警察機構は優秀だから、殺人犯はいずれ捕まるかもしれない。そして法の裁きを受け、刑に服する事になるのかもしれない。しかし、それでも犯人は死ぬ訳ではない。自分達が喪った、かけがえの無い誰かと同じ様に死ぬ訳ではない。
 確かに、死刑判決を受ければ刑が執行される可能性はある。だが、少なくとも死刑が執行されるまで犯人は生き続ける事になるし、被害者と同じだけの苦痛を受けて死ぬ訳ではない。更に、終身刑が存在しないこの国では、無期懲役の判決を受けたとしても、いずれ犯人は出所する事になる。そして反省の上に立つにしろ、無反省に同じ事を繰り返すにしろ、出所後に始まる殺人犯の第二の人生について遺された被害者は何も言えない。

 その不正義を正義として、自分達は生きている。

 もし個人が無制限に復讐をする事が認められたなら、この国は個人が振りかざす各々の正義によって絶えず誰かの命が奪われる様な国になってしまう。だから自分達は、個人の復讐心を殺し、その正義を国と法に預け、法の下で殺人犯を罰するという形での『限定的な正義』を受け入れる。
 それは本当は受け入れ難い事なのだろう。誰もが思う。自分に殺人犯を処罰させろと。そして犠牲者と同じだけの苦痛を味わわせ、犯した罪を心底後悔させた上で、その命を奪う権利を与えろと。でも、その願いをこそ、まず自分達は殺す。法治国家の国民として、個人的復讐など許されないのだと教えられた自分達は。法を重んじる事を前提として生きる自分達は。

 ただ、その法が何者かによって歪められ、結果として正しい罰が下されなかった時、自分達の振り上げた拳はどこに下ろせば良いというのだろう。それがこの『ゴルゴタ』で語られる復讐の物語だ。
 主人公の真田聖人は妊娠6ヶ月の妻と義母を少年らに惨殺された。しかし、その残虐性から逆送によって刑事裁判となる筈だった殺人事件に下された判決は、加害少年達の保護処分という限りなく無罪に近いものだった。
 事件の背後に見え隠れする陰謀。殺人という罪を犯しながらのうのうと暮らす加害少年達。失われた正義を前に、真田は復讐を決意する。そして真田にはその力があった。陸上自衛隊、中央即応集団特殊作戦群に所属する、真田には。
 国を守る事を己の使命としながら、最も守るべき自らの家族を無残にも奪われた男。何よりも、自分がその場にいれば守る事が出来たであろう命を奪われながら、その危機を知る事もなく、国を守る為の訓練をしていた道化のような自分。そんな自分自身の心に復讐心を燃え上がらせ、真田は復讐者となって街を駆ける。

 自分は相手の命を奪う様な復讐なんて考えない、という人もいるだろう。殺人犯と同じになりたくはないとか、犠牲者はそれを望まないだろうとか、相手を殺しても被害者は生き返らないとか、様々な理由がそこにはある。そして、自分には人を殺す様な力も覚悟も、その為の能力も無いから、という現実的な理由も当然あるだろう。

 では、仮に真田の様に自分にも相手を殺すだけの力が与えられていたとすればどうか。例えば目の前に銃があれば相手を撃ち殺す事が出来る。格闘技の能力があれば相手を殴り殺す事も絞め殺す事も出来るかもしれない。
 能力というハードルをクリアし、理性や良心という安全装置を復讐心によって自ら外した時に、自分が残酷な復讐鬼にならない理由などあるだろうか。少なくとも自分には理性を保つ自信など無い。

 そしてこの作品で、犯人に対する直接的な復讐という枠を超え、その背後にあるものに真田が挑む様に、自分達の復讐心もまた見えない敵を追い求めて行く事になるのかもしれない。ゲームやフィクションの様に、こいつを倒せば万事解決するという様なボスキャラは現実にはいない。ならば最終的に倒すべき敵もまた自分達には見えない事になる。

 敵はどこだ。悪はどこにいる。いや、そもそも敵とは誰だ。悪とは何だ。自分の中に芽生えた復讐心を叩き付けるべき最後の敵はどこにいるのか。そして正義とは何か。その事を見定められない自分達は、物語の中の復讐鬼が見せる姿に何を思うのだろう。
 
 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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