たとえどんなに時が過ぎても・上遠野浩平『あなたは虚人と星に舞う』

 本を数多く読んでいると、その中で自分の『心の形』とでも言うしかない様なものにぴったりと合う作品に出会う事がある。それは作品に対する世間一般の評価とは全く違う部分であって、作品に対して他者が下した評価とか、何か文学賞を受賞したとか、本の発行部数とか、そんな事とは一切関係が無い。
 時としてそんな作品に出会える事は本読みとしての喜びでもあるが、これが作品単体の話ではなくその著者の作品全てとなると・・・・・・こういう言い方は陳腐極まりないが、その出会いには運命的なものを感じる。

 つまるところ、自分にとって上遠野浩平という作家はその様な作家であり、そして恐らくはこれからもそうであり続けるだろう。

 その作品が自分の心の形に合うという事を、それ以外の言葉で上手く表現する事は難しい。単純に作品が面白いとか、自分の嗜好に合うという事では足りない。作者や登場人物達の考え方や生き方に共感できるという表現は近いが、そうした作品は他にも数多くある。ならば教祖と信者の様に、完全に相手の考え方に染められてしまって主体性を失っているのかというと、これは最も遠い。
 上手くは言えないが、自分の心をその作品に置いた時にしっくりする感じとでも言おうか。自分がその作品に馴染んでいる感じが強くする。そしてそういう作品は古びる事が無い。少なくとも自分の中では。

 色々と考え込んでしまって疲れている時や、逆にもう何も考える事が出来ない様な、何もかももうどうでもいいという虚脱感に襲われている時、自分は上遠野作品を読み返す事が多い。本作も最初に読んだのはもう何年も前だが、今の自分が読んでもそこにはやはり自分の心の形に合う感覚が強くあるし、少しも古いとは感じない。

 いつ読み返しても、そこには自分の『今』がある。たとえどんなに時が過ぎても。

 本作は、後に『ナイトウォッチ三部作』と銘打たれた作品群の中では最後の作品となる。
 本作が描くのは人類が太陽系外にまで進出する程に科学技術が発展した世界だが、しかしそんな遠い未来を生きる登場人物達は、今この時代に生きる自分達と同じ様な悩みを抱えている。生きる事とは何か。自分の存在意義とは何か。自分にとって本当に大切なものとは何か。自分達は何を目指し、何処へ行こうとしているのか。そして彼等はそんな中で、宇宙より飛来する『虚空牙』と呼ばれる敵と向き合い、これと命懸けで戦わなければならない。絶対真空の宇宙空間で彼等は戦う。戦う事とは何か。敵とは何か。そんな答えの見えない問いを心に抱きながら。

 こう書くと、彼等の人生は何だか壮絶でスケールの大きな物語の様だが、この日本で今という時代を平凡に生きる自分達だって彼等に負けず劣らず悩みながら、迷いながら、それでも何とかその胸の内に抱えた大事な何かを無くさないように、見失わない様に、懸命に生きているのに違いない。問題なのは、その事を、そうした生き方を、自分達自身が肯定して行けるのかという事だ。


“「俺たちは――途中だ」”

“きっと、どこにいても同じだ――無限の暗黒しかない恒星間空域の絶対真空の中でも、地べたをはいずり回る普通の、平凡な人生の中でもきっと――どこでも変わらない。みんながみんな、途中で生まれてきて、中途半端に生きて、途中で死んでいくんだ。自分たちが何を目指しているのか、正確に知ることもなく――しかし」
 彼は半分泣きそうな、だがもう半分では決して挫けないような、矛盾を抱え込んだ眼をしていた。
「しかし――それがどうした」
 彼の口元には投げやりな、だが力強い笑みが浮いていた。”


 時に自分達の生は無駄に思える。取るに足らないものの様に思える。それでも続く人生を投げずに、どこまで行けるか。まあそれは十中八九強がりなのだろうけれど、それを自分自身気付いていながらも、それでも自分達はまだ強がったままでどこかに行こうとしている。
 ならば、行ける所まで行こう。この本を読む度に、自分はそう思える。そう思える事を、嬉しく思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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