生まれ変わる言葉、生まれ変わる人・冲方丁『黒い季節』

 

 『天地明察』が第7回本屋大賞を受賞した事でも注目を集める冲方丁氏の出発点が本作『黒い季節』だ。

 この物語は極道の物語であり、人間の業罪の物語であり、社会の『暗』を描く物語だ。その一方で、人間が生きるという事に真正面から向き合い、これを描き出す『明』の物語でもある。そしてこの明暗が渾然一体となった物語を彩るのは、修験道や暦学の世界観だ。

 『微睡みのセフィロト』『ばいばい、アース』『マルドゥック・スクランブル』等、冲方氏の作品を読むと毎回感じる事だが、氏は膨大な言葉の力を持って独特な世界観を構築する事に非常に長けている。自分達が生活の中で聞き流したり読み飛ばしている言葉ひとつひとつが、氏の手にかかると全く新しい意味を持って一つの世界を作り上げるまでに至る。その言葉というものに挑む苛烈なまでの姿勢は、この『黒い季節』の中で既に確立されている。

 “名――
 誠の中にある無数の名の中から、それはまるで新しく生まれるようにして湧き上がってきた。名づけるというのは、言葉を生まれ変わらせるということでもあるのだと誠は思った。”

 冲方作品で自分が感じるのは、この名付けの妙だ。それは決して、既存の言葉を自分にとって都合の良い様に力尽くで切り貼りしてしまう様な事ではなく、その元々の言葉を損なう事無く自らの中に飲み込み、新たに生まれ変わらせる事である様に思う。
 もしも作家が望むならば出鱈目な文字の羅列に意味を持たせて作中で使う事も出来るだろう。もっと荒唐無稽な、現実にはあり得ない様な新語や造語を用いて作品を作る事も、極論すれば可能だ。しかしそこには、現実を生きる自分達との接点が無い。読者が、自分達の生きる場所と地続きではない世界で起こる物語に共感する事は難しい。
 その点、冲方氏の作品は既存の言葉から出発して新しい世界を構築しながらも、その新たな世界は自分達の生きる現実から完全に乖離してしまわない距離を保っている。言葉が両者を繋ぎとめているのだ。だから自分達は氏の描く世界の新しさに触れつつも、登場人物達の葛藤を自分達のものとして共感する事が出来る。

 そして言葉が生まれ変わる様に、物語の登場人物達もまた生まれ変わる。
 彼等は皆、自分の中に大きなものを抱え込んでいる。それは過去の罪であったり、他者との交わりであったり、社会の中で生きる己の立ち位置であったりするが、現実を生きる自分達がそうである様に、彼等が抱え込むそれらが今現在の彼等の姿を形作ってもいる。

 生まれ変わるというと、それら自分が抱え込んだものを捨て去って新しい自分になる事だと捉えられがちだが、本当にそうだろうか。
 言葉が生まれ変わる様に、自分達もまた自分が抱え込んだ荷物を何とか自分の中に飲み込み、自分の血肉として行かなければならないのだろう。それが人が生まれ変わるという事の本質ではないか。抱え込んだものの重さに耐えかねて、それを投げ捨てる時、多分自分達は今の自分を形作るもの、言い換えれば自分の一部を投げ捨てる事になる。確かに一瞬身軽になれた気はするかもしれない。けれど次に自分達が感じるのは、恐らく喩えようもない喪失感だ。

 まあ、そうと分かってはいても、荷物は重いし歩き続けるのは辛いものだ。問いの答えはなかなか見付からないし、道程は遠い。しかし本作の登場人物達がそれそれにもがき苦しみながらも前に進んで行くその姿は、現実を生きる読者を勇気付ける。
 何が正しく、何が間違っているのか。そもそもそこに明確な答えなどあるのか。その問いに対する答えは容易には出ないとしても、少しでもそこに近付きたいと願うのなら、やはりここで立ち尽くしている訳には行かない。どこかへ向かわなくてはならない。自分が『前』だと信じる方向へと。

 さて、自分にとってはどっちが『前』だったか。遅ればせながら、まずはそんな所から出発してみようと思う。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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