物語るという事の本質 押井守・今敏『セラフィム 2億6661万3336の翼』

 未完の作品を評価するという事は難しい。本作は作品として未完であり、この作品を描いた今敏氏の逝去によって、いつかその続きが描かれる可能性も完全に潰えた。追悼出版という形で単行本化された事によって、より多くの読者に読まれる機会を得た事は確かだが、本の帯に記された追悼の二文字はやはりこの上なく悲しい。

 人は死ぬものだ。その事は避けられないし、やがて来るその日がいつの事になるのかは誰にもわからない。当たり前の事だとはいえ、これだけの作品を描く事の出来る力を持った人の命が病によって絶たれてしまう事は容易に受け入れられる事ではない。たとえそれが当たり前の現実だとしても。
 今敏氏はもっと生きるべきだった。現実がそれを認めないというのであれば、せめて自分達が氏の作品に触れ、そこから何かを受け取る事によって、この世界に氏が存在した事を忘れないでいよう。そうする事で現実の無慈悲さに抵抗しよう。そう、自分は思う。

 本作が今敏氏のその後を暗示していたという事は無いだろう。しかし本作は奇しくも人が生きるという事の意味を問う作品だった。人は何故生きているのか。生きようとするのか。そもそも生きるとはどの様な行いなのか。

 『天使病』と呼ばれる正体不明の伝染病によってユーラシア大陸全土が汚染され、人類が壊滅的な打撃を受けている世界。長大な防疫線が大陸を取り囲み『ユーラシア大捕囚』と呼ばれる暗黒の時代が到来した世界。治療法も無く、感染経路の特定も出来ない病がもたらす絶望の中で行われる民族浄化や、魔女狩りに等しい感染者狩り。国家の瓦解と文明の衰退。そんな絶望的な世界観をリアルなものとして描き切ってみせるのは今敏氏の圧倒的な画力だ。

 原作者としてクレジットされている押井守氏は、毎回圧倒的な言葉の物量によって世界を構築する事で知られる。そのロジックとは対照的に、今敏氏が描く世界はある種の静けさを感じさせる。しかしその絵は、言葉によって語る以上にその世界を物語っているし、人間というものの本質を抉り出す鋭さを持っている。

 この物語は虚構だ。現実には『天使病』は存在していない。けれどもし感染経路が特定出来ず、治療も不可能な伝染病がこの現実世界に現れ、瞬く間に大陸を覆ったと仮定してみる時、自分達はこの物語によって描かれたのと同じ様な行いをするのだろうという確信がある。生き延びる為に他者を犠牲にする事を厭わないだろうという確信が。そしてそう思わせるだけのリアルさを本作が有しているのは、何よりも今敏氏が描き出した世界が持っている説得力による。
 
 物語るという事は言葉によって語る事だけを意味しない。本作を読むと、そんな当たり前の事にあらためて気付かされる。物語るとはどういう事なのか。その本質がここにはある。

 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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