虚構に滲み出す現実と現実に滲み出す虚構・浅井ラボ『Strange Strange』

 自分は常々疑問に思っている事がある。世の中には色々な作家がいて、明るい物語を書く人もいれば、暗く憂鬱な物語を書く人もいる。彼等は一体どの様な気持ちでそれらの物語を生み出しているのだろう。

 例えば明るい物語を好んで書く作家は、現実の世界もその様であって欲しいと願って書くのだろうか。それとも、現実に世界は素晴らしいものだと信じて疑わないのだろうか。或いは、現実の厳しさや社会の欺瞞を否定できないものとして受け止めつつも、せめて物語の中だけは明るい世界を描こうとしているのだろうか。同様に、暗い物語を描く作家についてはどうだろう。彼等が描く暗さや憂鬱、残酷さや恐怖は、全て空想の産物なのだろうか。それとも彼等は現実に存在するそれら暗部に目を向けさせようとしているだけなのだろうか。

 作家本人でない以上、読者がどう考えようとそれは想像の域を出ない。しかしながら本書の様に、短編集に収録された作品全てがもうどうしようもなく救えない程の残酷物語で構成されているとなると、これはもう作品に対する興味以上に作家本人に対する興味が尽きない。大げさに言えば、美食漫画等でありがちな『この料理を作ったシェフを呼べ』という状態に近いかもしれない。ちなみに収録作品は下記の通り。まあどれもタイトルから連想されるイメージを大幅に裏切る内容だったけれど。

 『ふくろおんな』
 『ぶひぶひ・だらだら』(「・」はハートマーク)
 『人でなしと恋』
 『Last Day Monster』

 ライトノベルというジャンルに詳しくない方の為に付記しておくと、浅井ラボ氏の代表作は『されど罪人は竜と踊る』というシリーズで、『され竜』と略される事もある。内容は所謂『剣と魔法』の世界で主人公達が戦いを繰り広げる物語なのだけれど、その異世界ファンタジーに現実の科学知識や社会問題といったリアルを持ち込んでミックスしてみせるところに特徴がある。
 例えば爆発を引き起こす魔法はRPG等でそれこそ数限りなく出ているけれど、『され龍』の中ではその原理として、量子的干渉でトリニトロトルエン爆薬等を合成し起爆させている等の描写がなされる。この世界での魔法知識とは化学知識や生物学の知識を指し、それらを総じて『咒式』そして咒式を用いて戦闘を行う者を『攻性咒式士』と呼ぶ。
 更に攻性呪式士達が立ち向かわなくてはならない敵は、所謂魔物の様な絶対悪に留まらず、国家間の謀略や人間の悪意から発する犯罪、猟奇殺人やテロといった、現実世界でも絶えた事のない問題も含まれる。中にはイジメやひきこもり等という、明らかに現実世界から持ち込まれた社会問題もあり、それを読むと作者がフィクションの中に、意図的に現実問題を織り込んでいる事がわかって面白い。竜が闊歩し、魔物が跳梁する世界でも、学校ではイジメがありひきこもりがいて、自らの有り様を嘆く。またある時には過剰な自意識で自分は特別な存在なのだと勘違いした思春期の若者が、他者を見下した挙句に凡庸な犯罪に手を染め、その報いとして命を落とす。社会には歴然と格差が存在するし、常に善人が報われるとは限らない。

 空想の物語の中くらい、常に善人が報われ、悪人には罰が下り、弱き者には誰かが救いの手を差し伸べ、最後には皆が報われる様な世界があってもいい。誤解を恐れずに言えば、全ては作り事なのだから。しかしその様な物語で読者を慰撫する事を、浅井ラボという作家は望んでいないのだろう。きっと。

 話を本作に戻すが、上記を踏まえて、では同じ作家が現代を舞台にした物語を書くとどうなるかというと、これが現実世界に存在する悪意を更に脚色して膨らませた様な壮絶な物語になる。夥しい血が流れ、あっさりと人は死ぬ。それが当然だとでもいうかの様に。
 都市伝説の怪物。映画『SAW』に登場するジグソウの様な殺人者。文字通りの意味で『人でなし』である者。そして『世界の終り』としか言い様のない怪異達。それらは現実には存在しないが、各話の登場人物達は確かに自分達が生きているこの現実世界の価値観に基づいてそれぞれが選択する事を迫られる。例えばそれは生存の為に他者を犠牲にするか否かであったり、社会の理不尽に立ち向かうのか、それともただうずくまって耐え続けるのかであったりする。しかし全てに共通するのは、表出する悪意や残酷さは架空のものだが、その根本はありふれた現実に根ざしているという事だ。どんなに架空でも、自分達が全く知らない恐怖や悪意などそこにはない。あるのは見知った、馴染みのある、自分達が常日頃接している悪意であり、そこから生じる恐怖だ。

 最後に、作中から引用しておこう。

 “地獄とは常にこの世だ。”

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon