それぞれの理由を求めて・本岡冬成『黄昏世界の絶対逃走2』

 さて、ここを更新するのも随分と間を空けてしまった。この間の祝日も出勤だったし、ここのところ仕事に忙殺されている。まあそんな自分の事情はさておき、ようやく本を読める時間が取れたので更新。

 1巻の感想はこちらに。世界観についての部分は重複するので今回は省略。
 前回で物語は完結しているものと思っていたので、2巻が出るという話を聞いた時は一体どの様な形で続編を用意するのかと疑問に思っていたのだけれど、本作は1巻で示された終末的な世界観を引き継ぎつつ、登場人物を一新してまた新たな『黄昏世界』の物語を紡ぐ事となった。
 今回物語の中心となるのは、『公共黄昏検疫局』で働く兄・シズマと、その妹であるアオイ、そしてある事情から二人のもとに転がり込む形で同居する事になる、アオイを生き写しにしたかの様な少女、トワの三人だ。

 『黄昏』によって緩やかな滅びに向かう世界では、黄昏を浄化する『黄昏の君』によって守護された『黄昏のない世界』がある一方、その街に住む事が出来ない人々が都市の周辺に築いた、スラムの様な『境界都市』がある。シズマが務める『公共黄昏検疫局』とは、都市の住人が境界都市の住人に都市周辺の検疫を委託したものだが、その実体は『黄昏病』によって亡くなった人間の遺体を回収する、死体回収業でしかない。

 物語の冒頭では、その殺伐とした死体回収の様子が描写される。シズマは淡々と回収業務をこなすのだが、それは何の為かと言えば、妹との暮らしを守る為に他ならない。
 決して楽な仕事ではない。自分の身体に屍臭が残る事、それを妹に嗅ぎ付けられる事を恐れ、業務後には身体が赤くなる程強く洗う。それでも妹と囲む食卓で、する筈のない屍臭を自分の身体から感じ取り、シズマは倦怠感に襲われる。そしてそこまでして守る暮らしも『黄昏』の中でいつ失われるかわからない。

 希望が見えない世界で、人間は何の為に生きて行くのか。生きて行けるのか。

 答えはきっと、現実がそうである様に酷く単純なのだろう。
 現実世界でも辛い事や嫌な事はある。いや、「ある」等という生易しいものではなく、そういったものの中に浸かりながら自分達は生きている。正しい者が報われるとは限らないし、努力し続ければ夢に届くとも限らない。凡人の暮らしなんて、社会情勢が大きく変化すれば吹き飛ばされてしまう程度の脆弱なものでしかない。それでもその暮らしを続けて行くのは何の為かと言われれば、それは社会の、或いは世界の『理不尽』に立ち向かうだけの理由を、各々が自分の中に持つ以外に無い。その為であればどんな事も出来る、どんな理不尽にも耐えられると錯覚出来るだけの何かを。或いは、そう思わせてくれる誰かを。

 シズマにとってはそれが妹のアオイだった様に、現実を生きる自分達もまた各々がそんな大切な存在を探している。ある人にとってはそれは家族かもしれないし、またある人にとっては恋人や親友かもしれない。そうした他者ではなく、自分自身の中に理由を見出そうとする人もいるだろう。そうやって各々が、各々の物語を作って行くしかない。それは結局自作自演だし、捏造に近いものだが、そうする事でしか乗り越えられない理不尽が現実には数多く存在する。この物語で描かれる『黄昏』がそうである様に。

 これを書いている今も、テレビからは悲観的なニュースが繰り返し流されている。将来に希望が見えないこの国の姿を嘆くコメンテーターは『昔は良かった』とか『今の社会は何かが狂ってしまった』とか『人と人との繋がりを大事に』とか、生産性のない意見を垂れ流すばかりだ。それを見ながら自分は「だからどうしろっていうんだ」と呟く。

 結局『黄昏世界』とはこういうものなんじゃないかと思う。社会は個人を救わないし、希望を与えてくれる事もない。社会や世界に慈悲はない。そしてその構成員である自分達は、そんな『黄昏』に覆われた世界の中で生きる理由を、各々が捏造するしかない。時としてそれは奪われたり、壊されたりするだろう。或いは見失ったりする事もあるかもしれない。それでもその度に自分達は、また新たな理由を求めて行くしかない。少なくとも、息をしている間は。この鼓動が続く間は。

 黄昏がない世界を楽園だとすれば、この現実世界に楽園はない。永遠もない。
 それでも信じるに足る何かを、誰かを求めて自分達は生きている。

 まだ、生きている。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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