積み重ねた嘘から真実が生まれるまでに・片山憲太郎『紅』

 えー、年始のご挨拶が遅れましたが、皆様本年も宜しくお願い致します。こんな所ですが、本年もお付き合い頂ければ幸いです。

 さて、なぜ新年一回目の更新が『紅』なのかと言えば、別に紅白でおめでたいとかいう語呂合わせでも何でもなく、実家に帰省して来た友人との会話の流れで「最近オススメの小説とか漫画、何かある?」と聞かれたから。それで何故最近の作品ではなく『紅』なのかというと、その友人のストライクゾーンが非常に狭く「黒髪ロングで和服着てるヒロインが出てればなお良い」という条件が付いたからだったりする。
 で、その時点で自分は『紅』を読んでいなかったのだけれど、何か記憶の片隅に「そういえば『紅』に出て来る紫は黒髪ロングで和服だった気がする」と思い出して名前を出してみた。ただ、正確に言うとそれは自分の記憶違いで、今日確認したら和服を着ていたのはアニメ版だったらしい。ややこしい話だ。『紅』は小説を原作とした漫画とアニメもあり、それぞれの設定は微妙に異なる。自分は今日読んだ原作小説しか知らないが。

 さて、話は作品から少し逸れるが、ストライクゾーンの話。
 どんな作品やキャラクターが好きかというストライクゾーンは人によって違うと思うのだけれど、これが自分や友人の様に、他の一般的な読者と比べて極端に狭いとどうなるかと言えば、なかなかはまれる作品に出会わないという事になる。単純に普通のストライクゾーンと比較して狭いだけなら、ど真ん中のストレートをぶん投げればストライクが取れるので問題は無いのだが、その中心もずれているのでたちが悪い。他の人なら絶対にボールになるであろう内角高め、バッターの胸元ギリギリ位の位置にストライクゾーンが来たりしている事もあって、そういう場所に豪速球を投げ込まないとストライクが取れなかったりするので、非常に絡みづらい。何とかして下さい某氏。いや、自分も大概だが。

 話を作品に戻す。
 主人公は高校一年生の紅真九郎。幼少期にとある事件に巻き込まれ、家族と死別するという辛い過去を背負った少年は、数奇な縁によって『揉め事処理屋』としての裏の顔を持つに至る。そんな彼の元に舞い込んだ依頼は、7歳の少女を守るというもの。その少女の名は九鳳院紫。世界屈指の大財閥の家系だという少女との同居生活を余儀なくされ、時に振り回されながらも、真九郎は紫との絆を深めて行く。

 で、この話を読んで自分が思い出したのは本作とは全く関係が無い漫画で、それは遠藤浩輝氏の短編『カラスと少女とヤクザ』だった。

 短篇集に収録されている『カラスと少女とヤクザ』では、巣から落ちた小鳥を世話した少年が、回復した小鳥を野生に返そうととするシーンがある。しかし、飛び立った小鳥は少年の目の前でカラスの餌食になってしまう。
 あの時、もしもあの小鳥が食べられずに空をずっと飛んでいけたら。あの時、あの小鳥を助けられたらと、大人になりヤクザ者になった男は回想する。自らの弱さを悔いた男がヤクザ者になって得ようとした強さとは何だったのだろう。そしてその強さは、ほんの僅かでも彼を救ったのか。

 『紅』の真九郎もまた、幼少期に家族を喪った事で強さを求めるに至る。特異な武術を習い、厳しい修行に耐え、文字通りの『肉体改造』の末に武力を手に入れる。しかし、その『強さ』はそれだけで彼を救うのかと言えば、そんな事はない。
 よく『大事な人の死を乗り越えると人間は強くなる』といった言説を耳にする。しかし、人はそんな強さを求めているのだろうか。自分にはそうは思えない。自分が弱いままでも、その大切な誰かが健やかであってくれた方が良いに決まっている。真九郎が求める強さとは、家族を喪った世界で生きて行く為の拠り所だった。しかしそれは代償行為なのだろう。本当に彼が求めていた、家族との平穏な暮らしは、もう二度と戻っては来ない。

 何かを『守れなかった』人間、誰かを『喪った』人間にとって、その後に身に付けた強さというものは、それがどれだけ強力なものであってももう『間に合わない』ものだ。単純な武力、社会的な権力、或いは財力でもいいが、その力によって彼等が本当に守りたかったものはもう失われてしまっていて、二度とその手には戻って来ない。自分が求める強さが間違ったものである事を、当事者は知っている。それがもう間に合わない事にも、代償行為である事にも気付いている。それでも人が強さを求めるのは、求めざるを得ないのは、そうしなければ生きて行けないからに他ならない。そうやって間違ったものを集め、積み重ねて人間は生きている、のかもしれない。

 しかし、そんな間違ったものを積み重ねた先に、守るべき真実を手に入れる事も稀にではあるがあるのだろう。真九郎にとっての紫がそうである様に。そして今度はもうその真実を失わない様に、彼は死力を尽くす。紫の為である以上に、自分自身の為に。これはきっとそれだけの話だ。

 

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ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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